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【お知らせ】国産コンピューター誕生50周年を記念して刊行された新装版『計算機屋かく戦えり』の著者に聞く Part.2


2005年11月7日

日本最初のコンピューター“FUJIC”生誕50周年に併せて“新装版”が登場

毎日のようにパソコンのお世話になっている人も、日本最初のコンピューターが、いつ誰によって作られたかを知る人は少ないのではないか? 1996年に刊行された『計算機屋かく戦えり』は、国産コンピューターを作り、育てた当事者たちへの貴重なインタビュー集だ。2006年は、同書にも登場する日本最初のコンピューター『FUJIC(フジック)』が誕生して50周年を迎える。これに合わせて増補・追加された新装版『計算機屋かく戦えり』の著者・遠藤 諭氏に、今回の経緯を聞く(インタビュー前半はこちらの記事を参照)。

新装版『計算機屋かく戦えり』
新装版『計算機屋かく戦えり』
新装版『計算機屋かく戦えり』(遠藤諭著、アスキー刊)/価格2310円(税込)/A5変(488ページ)/ISBN 4-7561-4678-3
公式ウェブサイト
(株)アスキー 新刊書籍案内
購入先
Amazon.co.jp、ほか

コンピューターの歴史では、1995年頃に
1970年代後半のマイコン革命と同じくらいの変化があった

[――] 今回、新装版『計算機屋かく戦えり』を増補・改訂版にした理由というのは?

[遠藤] この本は、大学の教科書に使って頂いたりして第6刷まで来ていたのですが、しばらく絶版になっていました。実は、新装版『計算機屋かく戦えり』と同時発売を予定していた『コンピューターが計算機と呼ばれた時代』(12月上旬発売予定)という本の作業を先行してやっていて気が付いたことがあるのですね。ひとつは、2006年は国産コンピューター誕生50周年に当たる年だということ。それともうひとつは、どうもコンピューターの歴史を見直す機運が、ここ数年の間に高まってきていること。

[――] というのは?

[遠藤] 2002年に(社)情報処理学会の歴史特別委員会が、『コンピュータ博物館』をオープンしました。これは、実際に見ていただくのが一番いいのですが、バーチャルとはいえ、ついに日本にもコンピューターの殿堂ができた。私の本の3倍近い60人以上のパイオニアを紹介しています。それから、独立行政法人国立科学博物館が2001年に設立した『産業技術史資料情報センター』では、コンピューターに限らないのですが、歴史的な日本の工業製品や資料の所在や内容が、データベースとして登録されています。そして、2004年11月に国立科学博物館の新館グランドオープンに際して、FUJICが晴れて常設展示となった!

[――] なぜ、歴史が見直されてきたのでしょう?

[遠藤] 『計算機屋かく戦えり』の初版が出たのが1996年です。ちょうど、Windows 95が出て1年ほどしたところで、世の中は“ウィンドウズブーム”のまっただ中です。それから、5年くらいの間に、コンピューターの中でもいちばん目まぐるしく進化していたはずのパソコンですら変化がなくなった。OSも変わり映えしないし、ハードウェアもCPUのCeleron-300AMHzあたり、グラフィックカードもフルフレームで動画が出るようになったあたりで、パタリと進化が目立たなくなってしまった。家庭用ゲーム機も同じようなところがあると思うのですが。

[――] 1996年から今までということになると、むしろ、インターネットとかロボットとかですよね。

[遠藤] 1994年にYahoo!(ヤフー)とAmazon.com(アマゾン)、1995年にeBay(イーベイ)が創業して、1996年にはgoogle(グーグル)のプロジェクトがスタートしますからね。未来の歴史家は、この時期が1970年代の“マイコン革命”と同じか、あるいはそれ以上の区切りであったと書くことになるのではないかと思うのです。そういう時代に、改めてコンピューターの素性をとことん辿ってみようみたいなことが起きても、おかしくないような気がしませんか。

ドイツ技術博物館にある『Z1』の復刻
ドイツ技術博物館にある『Z1』の復刻。モーターで1Hzで動作する完全な機械式ながら現在のコンピューターに酷似していて、演算回路や記憶装置も機械式の論理回路で組まれている。新装版『計算機屋かく戦えり』では“あとがき”で簡単に触れている

[――] 海外ではどうなのですか?

[遠藤] これは、インターネットの影響もあると思うのですが、注目されているのが、ドイツの初期のコンピューター開発です。私も、たまたま9月に『ドイツ技術博物館』にあるツーゼ(Konrad Zuse)という人の作った『Z1』というコンピューターの復刻版を見てショックを受けました。

[――] どんなコンピューターなのですか?

[遠藤] 月刊アスキー』の12月号(11月18日発売)に書く予定で、“情報処理学会”誌(47巻2号)でも触れるつもりなんですが、まったく独自の金属板を使った論理回路で作られているんです。2進法で浮動小数点演算をこなし、パンチテープに記録されたプログラムに従って自動的に計算する。いまのコンピューターのプロトタイプとも言える内容の機械が、1936〜1939年に作られている。英国や米国では、まだコンピューターの研究も計画も始まっていない時期にです。スカパーでやっているBBC Worldの『Click Online』をよく見るのですが、やはり9月に『Z1』を訪れていましたね。2002年に米国で刊行された『The First Computers : History and Architectures』(Rojas, Raul著、Mit Press刊)でもツーゼのコンピューターにかなりの紙数を割いています。



『The First Computers : History and Architectures』
『The First Computers : History and Architectures』(上側)では、100ページ以上に渡ってドイツの初期のコンピューター、30数ページで日本の初期のコンピューターが解説されている

エレクトロニクスをポケットに入れた立役者こと、佐々木 正氏へのインタビューを追加

著者で元『月刊アスキー』編集長の遠藤 諭氏
著者で元『月刊アスキー』編集長の遠藤 諭氏

[――] 新装版『計算機屋かく戦えり』で、増補改訂されているのはどの部分なのですか?

[遠藤] 『月刊アスキー』の創刊25周年号(2002月7月号)に掲載された、元シャープ副社長で当時顧問の佐々木 正氏へのインタビューを追加収録させていただきました。

[――] どんな内容なのですか?

[遠藤] 厳密にいうと佐々木さんは“計算機屋”というのとは少し違うと思うのですよね。もちろん電卓というのはあるんですが、それよりも日本のエレクトロニクスという見方をすると、この本で佐々木さんを欠くわけにはいかないだろうと考えるようになったからです。戦後の日本復興のストーリーの中で、“トランジスター”というのがひとつのキーワードですよ。

[――] トランジスターというと、まずはラジオですよね。

[遠藤] 1948年に米国でトランジスターが発明されるわけですが、これを我がものとして世界に飛び出して行ったのが、ソニーです。当時、まだ補聴器くらいにしか使えないと思われていたトランジスターを使って、『TR-55』というラジオを発売したのが、同社が国際的企業に成り得たきっかけといっていいでしょう。同じように、トランジスターに最も早い時期に取り組んだのが、“トランジスターの名門”と言われた佐々木さんのいた神戸工業なんです。

[――] 後の富士通テンですよね。

[遠藤] ええ。佐々木さんは、1947年に米国のベル研究所でトランジスターの生みの親のひとりであるバーディーン(John Bardeen)と懇意になった。トランジスターの発明を、ほぼ同時に知ったというんですね。やはり、1951年に米国のMIT(マサチューセッツ工科大学)に留学した電気試験所の和田 弘も、トランジスターの凄さに驚き、これがもとで日本が世界に先駆けるようにしてトランジスター式コンピューターに取り組むことになる。ソニーの井深 大、神戸工業の前身の川西機械製作所の佐々木 正、電気試験所(現在の独立行政法人産業技術総合研究所)の和田 弘と、3人のトランジスターとの出会いが、日本の戦後を少なからず変えていった部分があると思ったのです。

[――] なるほど。

[遠藤] 佐々木さんはシャープに行かれてからが有名なのですが、それ以前にこんなお話があるとは思わなかった。川西機械製作所というのは、かつて川西航空機という航空機部門を持っていて、第二次世界大戦中には『紫電改』や『二式大艇』を作ったところですよ(現在の新明和工業)。ベンチャーのようなソニー(当時、東京通信工業)、官の電気試験所、旧財閥系の神戸工業が、それぞれ米国で生まれたトランジスターという最先端と出会っていたって、ちょっと面白いじゃないですか? もっとも、新装版『計算機屋かく戦えり』では、佐々木正氏へのインタビューなので、私のそんなイメージはそれぞれの章を読んでいただく形なのですが。



“ロケット・ササキ”の有名なイラスト
“ロケット・ササキ”の有名なイラスト(新装版『計算機屋かく戦えり』より)

[――] ほかに読みどころになっているのは?

[遠藤] 佐々木さんがシャープに転進された後の活躍ぶりも、もちろん出てきます。電卓用として米国企業と共同開発したLSIが、アポロ11号の月面着陸船に搭載され、NASAから“アポロ功績賞”をもらう話。現在のシャープの中核技術ともいえる液晶への参入など。とにかく、米国の取引先に“ロケット・ササキ”と呼ばれた、エネルギッシュな活動ぶりですね。それと、1988年に“佐々木正事務所”、1994年には“国際基盤材料研究所”を設立して、以降のナノテクなどへの取り組みの話も出てきます。

[――] パソコン関係だと、孫 正義さんが翻訳機を考えたときにポンとお金を出したのが佐々木さんでしたよね。

[遠藤] ええ。日本は小さいものが得意だとか、精巧で緻密なものに磨き上げるのがうまいとか、そういうふうに思われていますよね。ところが、ソニーの盛田昭夫元会長の書かれた『MADE IN JAPAN』を読んでも分かるけど“安かろう悪かろう”というのが、戦後間もない日本製品だった。得意分野が、繊維や造船などの重工業から、ラジオや時計やオートバイやカメラなど精巧なものに移っていったのは戦後なのです。そして、それをいよいよ軽薄短小の世界、日本のアイデンティティーを決定付けてしまったのが、エレクトロニクスではないかと。それを盛り立てた人たちは沢山いるわけですが、恩人というべきひとりが佐々木 正氏だと思うのですよ。




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