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【INTERVIEW】薄さと軽さをウィズThinkPadクオリティで実現しないといけない──ThinkPad X20に迫る(2)

2000年09月16日 12時35分更新

文● 編集部 小林久

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日本アイ・ビー・エム(株)の『ThinkPad X20』は薄型の精悍なフォルムが印象的なB5ノートだ。連続インタビューの後半戦は、現場で同機の開発に携わった同社ポータブルシステムズ シニア・プロジェクト マネージャーの井林周英氏と同じくウルトラポータブル製品担当の神田洋一郎氏にお話を伺った。

日本IBMポータブルシステムズの神田洋一郎氏(左)と井林周英氏(右)

B5サイズで世界に通用するノートを

[編集部] X20の開発で、まずこだわったのはどのあたりでしょうか。
[井林] 過去B5ファイルやそれ以下の製品を出してきましたが、セールスは日本以外ではいまひとつでした。ワールドワイドで受け入れられる、プロフェッショナルユースに耐えうるコンパクトなノートを作ることが目標のひとつでした。日本の要求は今まで以上に入っていますが、同時に米国本社からユーザビリティーの専門家を連れてきて、アメリカ人の手で使えるものかを徹底的にテストしてもらっています。ですから、小さいから使いにくいとか、小さいから機能が限られているとか、そういう種類のノートではないんです。

ThinkPadは、常にユーザビリティー(使い易さ)、エキスパンディビリティー(拡張性)、ポータビリティー(可搬性)の3点を主眼に置いて開発しています。ユーザビリティーの面で一番最初に来るのは、キーボードですが、X20ではまずISOでいうフルサイズの基準を満たす、18.5mmピッチ/2.5mmストロークのキーボードを採用しています。他社の同クラスのマシンと比較して、すべての面でイコール or ベターになっていますし、大半はベターになっていると自負しています。

また、ユーザビリティーの面では一般のユーザーだけでなく、障害者でも使える工夫をThinkPadの伝統として入れています。たとえば、ラッチをひとつの指で簡単に外せる仕組みとか、触っただけでどのキーか判断できるとかそういった部分です。
拡張版TrackPointIIIのスクロールボタンは従来よりコンパクトとなった
[神田] われわれはたくさんの世代を通じて、いろいろと経験しているわけですよ。10年強の間、フィールドテストで上がってきた障害の情報を真摯に受け止めて徐々に改善してきた。たとえば、初期の製品ではヒンジの開け閉めを繰り返すと、LCDのケーブルが外れたり、たわみで壊れてしまうことがあったのですが、今回、わざわざ遊びを作ってコネクターにストレスがかからないようにしている。こういう部分は、お客さんから痛いコメントをいただきながら試行錯誤してやっとできた部分です。

われわれは、ThinkPad Tシリーズ、Aシリーズ、Xシリーズをまとめて“TAXI”(タクシー)と呼んでいますが、たとえばTAXIではパワーボタンを共通して、内側に配置している。昔のシンクパッドで、本体側面に電源ボタンを置いたこともありましたが、外側にあるとはずみで押したり、カバンの中で何かに触って電源が入り、大切なデータをなくしてしまうことがありました。ここはマイクロソフトの要求とぶつかっている部分なので、議論している段階です。マイクロソフトの要求はふたを閉じた状態でもパワーオンできるようにしてくださいというものですが、長年ハードをやってきた人間の意見とは食い違う部分がありますね。

3種類の素材で実現したB5サイズ・1.5kg

[編集部] サイズと重さについて苦労された部分はありましたか。
[神田] 重要なのは“サイズ”と“重さ”に“クオリティ”が伴うことです。小さくて軽いだけなら、ペラペラでチープなマシンを作ればいい。しかし、それを“ThinkPadクオリティー”でやることが大切なんです。X20で4面すべてにマグネシウム合金を使用せず(※1)、異なった素材をバラバラに使用したのもそのためです。

これまでのThinkPadでは、炭素繊維を配合したプラスチック系の素材(CFRP素材)を利用して、構造的にはスクリューで強度を保っていました。今回は、底面にマグネシウム合金を使用して、甲殻動物のようにしっかりと覆っています。パームレストに硬い金属を使うと、液晶と組み合わせた際に傷が生じてしまいます。また、塗装のノリが悪いため銀色の部分がすぐに出てきてしまう。そこで、炭素配合量の少ない柔らかめのCFRPを使い、そこにラバーペイントを施して質感と強度を保っています。

液晶の周囲は一般的なABSですが、外側の部分にはより硬いCFRPを使っています。天面は底面同様、甲殻動物なので、硬いほうがいいのですが、硬いものと硬いものが合わさると逆に良くないので、ThiknPad AシリーズやTシリーズでも使われているチタンを含んだCFRPとしました。
※1 外側の天面と底面。それに内側の液晶とパームレスト部分。

[井林] X20では、ボトムのマグネシウムに0.9mmというギリギリの薄さを使用して、かつドッキングステーションやスライサーなどをサポートしないといけない。そのため、本体がたわんでポートが差せなくならないように、底部に線を入れて補強するようにしています。結果として、ドッキングステーション装着時や液晶を閉じた状態のプレステストでも高い耐久性を持つシステムになったと思います。
ThinkPad X20では、A20、T20用に提供されているオプション製品を共有できる
[編集部] 0.9mmと薄いマグネシウム合金を採用した点での苦労などはありますか。
[神田] 0.9mmという薄さは、MDプレーヤーなどとほぼ同クラスの薄さなんです。逆に言うと、開発当初は、そのぐらい小さくてシンプルな形状のものでしか使用できなかった。
[井林] ああいったシンプルな形だと、マグネシウムが型の中をうまく流れるので、比較的簡単ですが、部品が大きく形が複雑になれば、それだけ製造が難しくなります。厚さが均一でなくなったり、空気が入って穴だらけになったりしてしまうんです。
[神田] 他社さんのノートでは1.2mmぐらいが標準じゃないですかね。最新のものでは1.0mmぐらいを採用しているかもしれないですが。

共通性から生まれる使いやすさ

[編集部] 5月に発表されたAシリーズ、Tシリーズとの関係性について聞かせてください。
[神田] 使いやすさには、単にキーがさわりやすいとか、機能を簡単に呼び出せるだけではなく、何かと同じとか、全部共通といったところが重要です。たとえば、車ならアクセルは右やブレーキは左といった具合に、あらかじめ決まってます。当然そのあたりも狙っていて、TAXIでは中にパワーボタンのを持っていくとか、キーボードの右上の4つのボタンを共通にしたりしています。他社のパソコンだと、同シリーズでもサイズによってボタンの位置がまちまちですが、そういう細かいことも考慮したわけです。

また、一般的なお客さんはまず一号機を買いたがりますが、自動車でもよく知っている人はしばらく待って安定した製品を買いますよね。ThinkPad X20に関しては5月に兄弟機となるA20とT20が出ていますから、安心して使えます。ドライバーやBIOSのコアの部分は共通で、長く市場に出ているため、十分なフィードバックがあり、そのぶん信頼性が増しているんです。
本体左上に装備した4つのボタンはTAXIで共通
[井林] あとは、AシリーズとTシリーズのコモダリティーですね。筐体サイズに関わらず、オプションが共通でないといけない。筐体が小さければ装着時の角度も違ってきますから、コネクターがもっとフレキシブルに動かないといけないなどいろいろ苦労しています。X20は重さにオプティマイズしているから、HDD自体は同じでもベイの外枠の材質が違っています。それでもT20のHDDオプションが動作するだけの強度を保たないといけない。一番簡単なのは、X20の専用オプションを用意することですが、ここでは“共通に使える”というユーザーの使い勝手を最優先としました。

時には原因と結果が逆になることも

[編集部] ポート類の選択には頭を悩ませたんじゃないですか。
[井林] 次世代のミニノートにふさわしいポートの構成をいろいろ考えました。プロフェッショナルユースを考えて、少しずつ詰めていったものです。たとえば、プレゼンに必要なVGAポートは必要だろうとか、当初装備していたFDDポートは今後無くなっていくものだから取ろうとか、テレビでプレゼンする人はいないからビデオアウトはいらないだろうとか……。
[編集部] 開発中の仕様変更はよくあることなのですか?
[井林] しょっちゅうです。開発途中の仕様変更にどれだけフレキシブルに対応できるかが開発チームの腕の見せ所なんですが、本音を言えばあまりやって欲しくない。実際、開発半ばまでにはいろいろありました。結果的に、FDDとビデオアウトを取りましたし、赤外線ポートも省いたのですが、そこには重さを減らすとかいろいろな理由があったんです。
[神田] そういう意味では、インターナルユースで生き残ってる開発初期のマシンが一番リッチな感じになってますね。どこにも出せないんですが(笑)。また、よくポートを取ってから「なんで入ってないの」と言われますけど、初期のX20にはIEEE1394ポートも赤外線ポートもあったんです。これらは欲しいという人は多くても、実際に使っている人が意外と少ないので、マーケティング側も省くことのメリットを享受したほうがいいという意見でしたね。企業で一括導入を考える経営者やSIは余分なものは省き少しでも低価格にしたいと考えますから。
[編集部] 本体にPCカードではなく、コンパクトフラッシュスロットを装備したのはデジタルカメラで撮影したカードをそのまま差せて便利ですね。
[神田] もともとは場所がないという理由で付けたんですけどね(笑)。でも、返って良かったと思ってます。マイクロドライブやP-in Comp@ctなどの周辺機器も使えますし、PCカードが2本差せて片方にアダプターを使うよりスマートです。

原因と結果が逆になってると言いますか、こういうのは、後からわかるんことなんです。“場所がなかった”、“CFにした”、“そしたら意外と良かった”という具合に、今回も試作機を作ってテストする段階で、デジタルカメラの写真を送信する際に便利だと気づいた。接続キットを使うとケーブルが必要だったり、アダプタを用意しなければいけなかったりで、意外に面倒ですからね。ただ、今後、音楽配信が利用されるようになると、CF採用の課題が出てきますね。この点は気をつけて見ていかないといけない部分かもしれません。
本体左側面にはTypeIIのPCカードスロットとCFスロットを1つずつ配置する

キーボード・バッテリー寿命へのこだわり

[編集部] キーボードに関してはどうですか。
[井林] キーボードは、モデムカードなどのアップグレードや英語のキーボードに変更したいというユーザーを想定して、簡単に取り外せるようになっています。それをやりながらかつフワフワした感じにならないようにするのに苦労しましたね。
[編集部] タッチはメカニカルな感じでThinkPad 560に近いですね。
[神田] ThinkPadでは、押すのに必要な力とか戻ってくる際の反応といった、キーボードのスペックは、どのシリーズでも基本的に同じになってるんです。ただ、打った際の感覚は違ってきますね。たとえば、ThinkPad 600などは下がしっかりしいてストロークがあるため、よりステイブル(安定した)な印象になる。
[井林] X20は薄さを追求した追求したキーボードだからその差は出ていると思いますね。でも、キーボードをリムーバブルにして、フルサイズで2.5mmピッチを実現しているのは評価して欲しい部分です。
[編集部] 打ちやすいキーボードに必要な要素はなんでしょうか。
[神田] やはりストロークでしょうね。2.5という数字をB5サイズで確保しているメーカーさんは少ないのではないでしょうか。2.2mm程度が多いのではないかと思います。それから、フィードバックも重要ですが、その点でも──。
[編集部] 敵なしという感じですか?
[神田] そう思われませんか? IBMはラバードームの設計からパンタグラフまで、伝統的な技術が残ってますから。それとTrackPointとパッドの違いもあります。カーソルがアイコンに近づくにつれて遅くなる“ネガティブインナンシャー”機能なんかをつけているので、かなり使いやすいはずです。
打ちやすさにこだわったというキーボード
[編集部] バッテリーも重要な要素ですが。
[井林] かなり気を使いましたね。他社に比べて、同じかそれ以上でないといけない。バッテリーは大容量のものを積めばそれだけ寿命が延びますが、システムとのバランスでどれだけを確保するかがキーになってきます。
[編集部] ThinkPadはカタログ通りに電池が持ちますね。
[神田] ええ。IBMでは3時間半~3時間50分のバッテリー寿命を確保していると確認できた状態で、はじめて3時間とカタログに示すことになってます。液晶の明るさを最小にして計測しているメーカーもありますが、われわれは中間値で測定しているので、かなり信頼性は高いと思います。もっともDVDを見続けるなどマシンをフル稼働させれば別ですが……。

そうじゃないと、米国で訴えられる可能性があるんです。米国ではPL法など消費者の力が強い。1時間とカタログに書いて、1時間持たなければすぐに訴訟になってしまう。ThinkPadも最初の頃は「平均的な使用でxx時間と」カタログに書いていました。今のマシンでいうと2時間と書いて1時間持つ感覚ですかね。だから、どのユーザーも2時間を味わえないんです。当時はバッテリーのベンチマークもなければ、ランダウンテストも出始めたくらい。スペック値に対して、どのぐらいの使用時間が期待できるかの認識も消費者にない時代でした。そういった時代からのノウハウがThinkPad X20には詰め込まれてるんです。
[編集部] 歴史を感じますね。
[神田] 省電力技術に関しても蓄積がありますね。他社さんだとサスペンド時のパワーマネージメントが甘い場合がありますが、X20の場合サスペンド時にはほとんど電力を消費しないですから。それから目立たない部分で苦労したのが、他社と同等のバッテリー寿命を3つのUSBポート(※2)で実現しなければならなかった点です。インテルのチップセットがサポートするのは2chまでなので、内部にハブを追加してやる必要がありますが、ハブがあるということはUSBポートに機器がひとつつながっているのと同じ状態です。結果的に電流が流れつづけることになる。そこを独自のスイッチングロジックで解決しました。
※2 X20は2つのUSBポートのほかに、USBバスを使用するウルトラポートを装備している。

液晶上部に備えられた第3のUSB“ウルトラポート”
[編集部] なかなか認知されない部分ですね。
[神田] こういうものはカタログではわからない部分です。金曜日にサスペンドして月曜日にふたを開けたらきちんと動作する。長い間忘れてたけどデータは無事だったとか。こういうのは3~4ヵ月実際に使ってもらって初めてわかる部分ですから。
[井林] 上層部からよく言われるのは、どこの企業に売るにしても、まずエグゼクティブ(幹部)が持つことを想定しろということです。彼らは、本当にモービルで、軽くてクオリティーがいいものを望みますから。そしてそう考えると、クオリティーの意味がさらに重要になってくるんです。何かひとつ問題があれば、それだけでThinkPad全体のイメージが悪くなる。その点を注意して開発を行なっています。実際、X20は本社の役員たちもすぐに使い出すと思います。

今後はワイヤレス機能の充実に

[編集部] 開発を終えられて、そろそろ次の製品にも取り掛かられていると思います。最後に今後のThinkPadについてコメントをお願いします。
[井林] お話しにくい部分もあるんですが、一般的な話をすれば、もう少しワイヤレス系統に注意してもいいかなと思いますね。それをどのタイミングでやるかは微妙で、各社様子見の段階だと思いますが。
[編集部] Crusoeマシンなどもそろそろ登場してきますが。
[神田] 模範解答を言えば「いろいろなテクノロジーはすべて追求していますが、製品となるのはその一部です」といったところでしょうか。ただ、ノートPCの消費電力に占めるCPUの割合はせいぜい10%かそこらで、しかも頻繁にサスペンドしたり、止まったりしています。Crusoeでは、CPUを持続的に使う環境でバッテリー寿命が飛躍的に延びると考えるのが正しい。車で言えば、CrusoeがCVT、SpeedStepが4速ATみたいなもので、PentiumIIIにだっていくつかの組み合わせでCPU倍率と電圧を下げていくというアプローチがあります。

また、バッテリー持続時間の考え方も大切で、今は一定の仕事量をした場合にどれだけ使えるかが重視されていますが、ユーザーの利用形態を考えると、だらだら働いて長い時間持つほうがいいということになる。それにはCPUだけでなく、周辺部分の電力管理の要素も重要になってくるはずです。

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