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【INTERVIEW】『ホーホケキョ となりの山田くん』はこうして制作された! スタジオジブリ高橋望氏に聞く--後編:制作現場に潜入

1999年07月02日 00時00分更新

文● 千葉英寿/編集部 伊藤咲子

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今回、『ホーホケキョ となりの山田くん』(以下、『山田くん』)は、これまたデジタル技術にも興味が注がれている話題のSF映画『Star Wars Episode I』の公開日の1週間後となり、正に真っ向勝負となる。まったくテーマも作風も違う作品だが、いずれの作品も最新のコンピューターテクノロジーを駆使した作品として、大変興味深い。『山田くん』のデジタル制作環境はいったどういうものなのだろうか? 制作現場に潜入し、引き続き高橋氏にお話をうかがった。

『山田くん』イメージカット(c)1999 いしいひさいち・畑事務所・TGNHB
『山田くん』イメージカット(c)1999 いしいひさいち・畑事務所・TGNHB



SGIのマシンと『Toonz』で製作

--デジタル制作におけるマシン環境について、教えてください。

「デジタルペイント用に、日本SGI(株)のUNIXベースのワークステーションを導入しました。Windows NTでもいいんでしょうけど、まだ混在するのはマズイという話がありまして。デジタルペイントソフトは、米アビッド社の『Toonz*』です。『もののけ姫』以来使用しているのですが、このソフトがジブリのイメージに近いだろう、というのが選択した理由です。この他にも、アップルコンピュータ(株)のMacintoshも使っていますが、デジタルペイントに関しては、SGI-『Toonz』のラインです」

ちなみに稼働しているマシンは、デジタルペイントを担当する仕上部と3DCGを担当するCG部の合計で、SGIのワークステーション『O2』、『Indigo 2』、『Octane』を合わせて約30台。サーバーは『Challenger』、『Origin』が6台。Macintoshは6台使用しているという。デジタルペイントに携わっているスタッフ(仕上げ部)が13人、3D CGの制作作業に携わっているスタッフ(CG部)が8人。システム管理者はなんと1名。

1台100万円以上するSGIのワークステーションがずらりとならんだ制作現場。“きつい”のは佳境に入れば変わらない?
1台100万円以上するSGIのワークステーションがずらりとならんだ制作現場。“きつい”のは佳境に入れば変わらない?



--アニメーション制作スタジオで、デジタルペイントに一般に使用されている『RETAS!**』は使用しなかったのですか?

「確かにMacintoshで『RETAS!』にするか、SGIで『Toonz』にするか、という選択肢はありましたが、基本的にはSGI-Toonzで正解だったと思っています」

「『Toonz』は、画像の後々の変更に柔軟に対応できるように設計されています。線と色面を分けて扱えるため、色の変更はカラーパレットを変更するだけで行なえるのです。それに“線”自体の質がセル画の線にもっとも近い点も『Toonz』のメリットといえます」

そのほか3Dアニメーションソフトとして、アビッドジャパンの『SOFTIMAGE|3D』、エイリアス・ウェーブフロント(株)の『PowerAnimator』などを使用している。

*『Toonz』:アビッド社のテレビ/ビデオ向2Dアニメーション制作ソフト。主にプロ向け。ビデオとフィルムの2つのモジュールが用意されているのが特徴。対応OSは、IRIXとWindows NT。最新バージョンは『Toonz version4.2』で、価格は200万円。ちなみに、ジブリ以外にSGIのワークステーションと『Toonz』を使ってアニメ制作を行なっているスタジオとして、人気ロックグループ GLAYのヒット曲“サバイバル”のアニメーションバージョンを製作したスタジオ4℃がある。
**『RETAS!』:(株)セルシスのデジタルアニメーション作成ソフト。

スキャン作業の様子
スキャン作業の様子



--デジタル制作について回るもっとも難しい課題ですが、色管理はどうしていますか?

「キャラクターのデザインでは、ボードに彩色したものをデジタイズして、そこからコンピューターで色を拾っています。この手法では、もとのボードと同じ色かどうかというところが難しいのです」

「色の調整といっても、印刷とは違ってディスプレーの画像と比較するための印刷物があるわけではないので、非常に難しい問題です。高畑は、フィイルムに落として確認するのでは絵を描く人が仕事のしようがない、モニターで見ていい絵かどうか判断できなければ、とよく言っています」

--最終的にはどのように調整を行なっていますか?


「ジブリでは、いったんできあがった映像をフィルムレコーディングする前に、ビデオプロジェクターで見ています。この時点では色は見ないという約束なのですが、人間ですので結局目が行ってしまいます」

「この時点で色に違和感があった場合、これがコンピューターのせいなのか、プロジェクターのせいなのか、はたまた原画のせいなのかという、際限のない議論になってしまいがちです。フィルムレコーディングの際も同様で、そこで色がおかしいとなった場合は、レコーディング、ネガ、ラッシュ調整と4重の要素になってしまいます。結果としては見た目で決めていますが」

サーバールーム。これだけのマシンが稼働している環境は、こことハリウッドのデジタル系スタジオぐらいだろうサーバールーム。これだけのマシンが稼働している環境は、こことハリウッドのデジタル系スタジオぐらいだろう



ジブリとフルCGの作品

--米ルーカスフィルムは『Star Wars Episode I』をアメリカの一部の映画館でデジタル上映を行なっていますが、ジブリは作品をデジタルデータのまま上映する予定はありますか?

「現在は冗談のレベルですが、そんな話もあります。そういうことも視野に入れておきたいという意味で」

高橋望氏と、山田一家の愛犬“ポチ”の宣伝用ぬいぐるみ
高橋望氏と、山田一家の愛犬“ポチ”の宣伝用ぬいぐるみ



--ディズニーの『バグズ・ライフ』などフルCGアニメをどのようにとらえていますか?

「3D的なアプローチとして、『山田くん』の“ボブスレー編”*や、『もののけ姫』の“タタリ神”のようなスペシャルカットでCGを使用するということは試みています。しかし、キャラクターを3Dで作ったようなアニメーションは考えていません」

*ボブスレー編:フルCGカットということしか公表されていない。ストーリーはオリジナルのもの。百瀬義行氏が指揮をとった

「2Dで手で描いたアニメーションの方が、作る側も見る側も慣れていると思うんですよ。現状のジブリでは、作品の質を落とさずに3DのスタッフがフルCGでやるのであれば、教育から体制を見直さないとなりません」

--結局、コンピューター導入の利点は何だったでしょうか?


「私見ですが、コンピューターは際限なく何度でも塗り直しができるという点で、スケジュール管理には貢献しないですね(笑)。ただ、結論を先延ばしできるので、正式な色が決定する前にとりあえず仮の色を塗っておくことができます。コンピューターの使い方としては正しいのかもしれません」

--CGクリエーターを目指す若者が増えていますが、スタジオジブリとして彼らに一言。

「まず、作品に関しては初めにデジタルありきではありません。ジブリに関しては、デジタル技術云々より、まずアニメーターとしての技量のほうが重要です。絵が下手なデジタルクリエーターではまずいんです。基本的なアニメーターの才能プラス、デジタル技術みたいな人とがいるといいですよね。ただ、なかなかそういう人はいませんが。いたら今すぐに採用です(笑)」

筆者(千葉)は一足お先に本編を鑑賞させていただいたが、何度考えても、これがコンピューターで彩色されたものとは思えない、素晴らしく暖かい映像に大変な感銘を受けた。ストーリーのないストーリーだが、そのエピソードの積み重ねが、幕が降りるころには、心にたくさん降り積もって、とっても暖かな気持ちにさせてくれる。学校や会社で、生活に疲れている人には、肩の荷を降ろして、ゆっくり大笑いできる、とってもホッとする映画だ。

話にでてきた“ボブスレー編”だが、これは本編を実際に映画館で見ていただくしかない。あの“淡彩”のタッチで、胴長短足のキャラクターがなんの違和感もなく躍動感たっぷりに、ボブスレーで疾走する。さらにボブスレーが、いつの間にか荒海を行く船に変わり、“赤ちゃん”が採れる耕作地を行くトラクターに変わり、というなんとも驚きの連続するシーンとなっている。

たしかにコンピューターの力は借りているとは思うが、やはりあの感触は、ジブリ作品以外のなにものでもない。デジタル化してもジブリらしさとその質は失わない。これがジブリ流のコンピューター活用といえるだろう。

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