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【COMMENT】『e-one 433』、新モデル『e-one 500』の件はソーテック側の不正競争防止法に対する注意不足か--デザインジャーナリスト森山氏

1999年09月30日 00時00分更新

文● 森山 明子/デザインジャーナリスト

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(株)ソーテックは28日、CRT一体型デスクトップ『e-one 500』を発表した。シリーズの前モデル『e-one 433』は20日、東京地裁に『iMac』との工業デザインの類似点を指摘され、販売差し止めの処分を伴う仮処分を受けたマシン。新モデルの本体カラーは、“ミレニアムブルー”(青みがかった銀色)1色。「青と白のスケルトンが今回の勧告の骨子であり、それを廃した新モデルは裁判所の仮処分には抵触しない」と同社は判断したという。

今回ascii24は、デザインおよび知的財産権に造詣が深いデザインジャーナリストの森山明子氏に、『e-one 433』発表から仮処分決定、新モデル『e-one 500』発表に至る一連の動きに対し、寄稿を依頼した。知的財産権の観点からの先の仮処分の意義と、ソーテックのデザイン戦略の評価から、今後の事件の動向も含め考察を加える。

以下は、森山氏のコメントである。


デザインの法的保護--ソーテック側の不正競争防止法に対する注意不足か

『e-one』をめぐる東京地裁の仮処分決定とその後のソーテックおよびアップル陣営の対応に関連して、次の2点に注目した。

第1はデザインの法的保護の観点。興味深いのは、9月20日に出された平成11年(ヨ)第22125号不正競争仮処分の書面の最後に“付言”があったことだ。これは極めて異例なことだ。内容は判決の結論部分とほとんど同一で、企業が他人の権利を侵害する可能性のある商品を製造、販売するに当たっては、自己の行為の正当性を示す根拠と資料を前もって準備すべきだと言っている。文末のいくつかが違う程度だが、裁判官が決定を下してなお、個人としても繰り返し言いたいとの気持ちがにじみ出ている(言い渡し後の記者会見でソーテックは、裁判所から日程の提示がなかったことなど、反論はしている)。

『e-one 433』発表時の7月の記者発表で質問を受け、ソーテックの大辺創一社長は「意匠や特許関係などについては、すべて確認済みで問題ない」と答えたことになっている。記者が不正競争防止法(以下、不競法)を「など」に代替して省略したのでないとすれば、ソーテック側にこの法律に対する注意は十分ではなかったことになる。仮処分の後の同社の声明では「特許、意匠登録、不正競争防止法に照らし問題がないと判断」と不競法が明示されてはいるが、これは決定後であるから当然だ。

改正不正競争防止法をめぐる過去の判例から

'94年に改正された不競法の意義を少し説明しておこう。

商品形態に関して不正競争行為を規定する2条1項には、従来から周知な商品形態と著名な商品形態の保護があったが、改正時にこの2つが1号<周知な商品形態の保護>と2号<著名な商品形態の保護>に分れ、3号に<商品形態の模倣の禁止>が加わった。この3号は保護の期間が発売後3年と短いものの、保護を求める商品形態に周知性や著名性ばかりか新規性や創作性さえ要求していない。さらに1号で明示している「他人の商品と混同すること」さえ条件にないのだ。この3号が加わったことによって、意匠権がなく知れ渡っていないデザインでも不正競争防止法で保護する道が開けた。そのため、1号の規定に残った「混同」が絶対条件とは思えなくなった。1号に基づく争いで侵害を認めるには「混同」の文言が必要である。しかし、まぎらわしさの程度は問わない。

今回の決定では、「混同」の範囲を商品から資本提携関係まで拡大したことが重要である。

編集部注:工業製品の形状は、意匠法に基づき、登録申請することができる。登録が認められるには、デザインの新規性や創作性が必要になる。一方、不正競争防止法では、意匠登録していなくても、既存の製品に似ていて、その既存の製品のビジネスに悪影響を与える可能性があるなら、差し止めを請求することができる。不正競争防止法2条1項3号により、周知でなく著名でなく新規性や創作性のないデザインでも、かつ、侵害する側のデザインを有する商品が、その既存のデザインを有する商品と「混同」の恐れがなくても、既存のデザインが守られるというのである。

改正不競法施行後の大型紛争に、カップ麺をめぐる日清食品(株)と東洋水産(株)の事件があり、三宅一生デザインのプリーツ・プリーズ事件があることはよく知られている。いずれも2条1項1号を根拠として裁判を起こし、前者は和解('95年)となり、後者は今年6月に三宅デザイン事務所が勝利を勝ち取った。プリーツ事件では製品デザインのみならず、陳列方法や価格まで類似を判断する材料として扱われた点が注目される。

プリーツ裁判は東京地方裁判所東京地裁が扱い、今回の『iMac』対『e-one』も同じ東京地裁を舞台として行なわれた。付言に表れた断固とした態度はこうした流れを反映しているはずだ。ソーテックは知的財産権保護の動向を知らなさ過ぎたと思わざるを得ない。デッドコピーばかりでなく、一部改変を含む隷属的類似も侵害となるのだ。


『e-one 500』が訴えられた場合

第2の興味は事件の行方だ。仮処分の内容に不服のソーテックは本訴で争い、アップル側は新モデルの『e-one 500』についても今訴えている『e-one 433』と同様に法的手段に出る構えだ。ソーテックは同時に意匠登録出願中の『e-one』について紛争を理由に特許庁に早期審査を申請する可能性がある。これはたまごっち事件で採られた手法で、そのケースでは出願から登録査定まで6ヵ月の早さだった。

米アップルコンピュータとアップルコンピュータ(株)は28日、『e-one』新モデルが仮処分の決定に反していないか法的観点から検討をはじめたと発表した。

法律の専門家の周辺では、本訴でもアップルは勝てるとの予測が優勢のようだ。また、『e-one』が意匠登録される可能性が高そうだとの観測も一部に流れている。iMacが登録済みとは聞いていないが、その公知資料を引例として拒絶することは、従来の審査基準を踏襲するならば意外と難しそうなのだ。意匠登録出願の基本は図面であって、写真も可能ではあるが<図面代用写真>と呼ばれる。形状、模様、色彩を問うとはしながらも、意匠の審査においては、素材も色彩も類否判断を大きく左右はしないのだ。両製品を図面に起こした場合には、実際に見た印象とはかなり違うと思われる。

意匠法で、デザインを守るには、意匠登録が必要である。この場合、すでに登録されている商品のデザインに比べて、新規性や進歩性を備えていることが要求される。ただし、その類似性判断は、おもに図面を元になされるというのである。

最大の問題は、アップル側が『e-one 500』を訴えた場合に『e-one 433』と同様に仮処分の決定が下されるかどうかだ。先の仮処分決定の文中に「商品の形態(色彩、素材を含む。以下同様とする。)」との表現があり、文章全体からも、半透明な素材と青と白のツートンカラーは類似性を判断する上で比重が高かったと思われるからだ。かりに不競法を根拠に再びソリッドな「ミレニアムブルー」の新製品に製造中止の仮処分が出れば、ソーテックは本訴で争いつつ、その決定に従わざるを得ないだろう。逆にアップル側の訴えが認容されなければ、『e-one』500は製品としては生き残る。(後者の場合の方がどちらかと言えば可能性が高いかもしれないが)その際に興味深いのは、ユーザーは<安いけれど普通になった>新製品を買うかどうかだ。これは法律とは別に、デザインの問題としては大きい。

なぜ『iMac』のデザイン模倣をビジネスモデルに組み入れたか

『e-one』発売のとき、インテル(株)の傳田信幸行社長とマイクロソフト(株)の成毛真社長は発表会のみならず、宣伝媒体に派手に登場した。仮処分決定前に別件の記者発表に出席した傳田社長が、『e-one』の広告に登場したのはまずかったのではないかと問われて冷静でいられなかった一場面があったと聞く。CPUの価格を含む供給体制でインテルと米インテルに、わずかでもさざ波は立たないのだろうか。『e-one』が仮に生き残ったとして、台湾地震の影響による半導体の価格上昇が予想される中、韓国企業を巻き込んだ部品の大量入荷で実現した低価格は維持できるのだろうか。

一方、『iMac』ばかりがクローズアップされてかすんだ感のある『Power Mac G4』である。アップルは信奉者を納得させられるだけの先進性を示せていると言えるのだろうか。

いずれも、先の見えないビジネスについての私的な疑問である。デザインが紛争の表舞台に立つとき、問題の根は深い。それにしても、なぜソーテックは『iMac』のデザイン模倣をビジネスモデルに組み入れる危険を冒したのか。

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