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【INTERVIEW】ソニーのER事業室に聞く、『AIBO』のこれまで・これから

2000年04月28日 00時00分更新

文● インタビュー:アスキーWeb企画室、早稲田大学客員教授 中野潔/文・構成:船木万里

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21世紀を目前に控えた現在、電機、おもちゃ、自動車など、さまざまな業界で家庭用ロボットの開発が進められている。おもちゃやペットの感覚に近いエンターテインメントロボットから、生活のライフラインとなる介護ロボットなど、今後はいろいろな形で実用化が進むと予想されている。

今回は、業界の口火を切る形で自律型エンターテインメントロボット『AIBO』を発表し、大きな話題となった(株)ソニーのER(Entertainment Robot)事業室課長 景山浩二氏にお話を聞いた。景山氏の専門は画像認識の研究で、『AIBO』開発プロジェクトの当初からメンバーである。インタビュアーは、アスキーWeb企画室で早稲田大学客員教授兼任の中野潔。
 

ソニーのER事業室課長 景山浩二氏。「商品第1号がこんなに話題になるとは、正直言って思っていませんでした」
ソニーのER事業室課長 景山浩二氏。「商品第1号がこんなに話題になるとは、正直言って思っていませんでした」



「AIとロボティクスは違う分野」

AIBOの企画・開発・マーケティングを専門に受け持つER事業室が立ち上がったのは、'94年のこと。1事業部ではなく“準備室”という位置付けだった。当初のコアメンバーは、画像認識の研究者とAI(Artificial Intelligence:人工知能)の研究者。一緒に遊んで楽しむ“エンターテインメント”性の高いロボットの開発を目指し、社内からさらに人材を募集し、拡大していったという。なお、同事業室は今年3月から、本社直轄の部署として正式にスタートした。

--景山さんは、どういう分野を専門に研究されていましたか

「私は、画像認識を中心に研究開発を進めてきました。画像認識はロボットの眼の役割を果たす要素の1つです」

「ロボットといえば即AIと思われがちですが、実際はAIとロボティクスは違う分野です。AIは計算機の中だけで閉じている分野、ロボティクスは動くロボットを作るということを目的にしたもので、研究の中身も違います」

--この研究が事業として成り立っていくという成算は、最初からあったのですか

「ソニーは、こうした研究開発でも事業化を念頭に置いて進めています。当初、十数万円という価格設定なら商品化できそうだという目算は立っていました。しかしいざ発売となった時、果たして25万円という価格で買ってくれる人がいるのだろうか、何千体も作って売れ残ったらどうしようという不安があったことも事実です。社会的に大きな反響があり、我々が逆に驚いたくらいです」

--ER事業準備室がER事業室になったということは、事業としての採算が問われるということですね。そのとき過去の開発費まで計算に入れて、黒字かと言われたら、つらいですよね。実際のところ、どうなのですか?

「ほかの製品でも通常、直接の開発費はともかく、事業の萌芽のときからの研究費は、計算に入れません。単体として見た場合の採算としては、あの価格でも付加価値は出ますし、事業として成立しています。売れれば売れるほど赤字、ということはありません」

人間とロボットの“場”が形成される

--AIBOは結構小さいんですね。垂れ耳の子犬、という印象です

「重さはバッテリー込みで1.6kg、外側は全部プラスチックでできています。二足歩行の、人間に似たデザインだとやはり拒否反応を示す人もいますから、四足歩行のペット型ロボットということで考えてきました」

「実は、ソニーとして“犬”とは一度も言っていません。どちらかといえば、特定の生物には似せず、特徴のあるデザインで、なおかつメカニックな印象を出したいということで、'98年の前半にこのデザインに決定しました」

--何に“生き物らしさ”を感じるか、という点でアンケートを大学生に行なったところ、動きや知能以上に、柔らかい触感、すなわち、動かないぬいぐるみのようなものに生き物らしさを感じる人が多かったという結果があります。しかし、AIBOはその点、どこから見てもロボットですね

「そうです。逆に、人を引きつける魅力ということで言えば、『AIBO』とユーザーの周りで形成される、一種の“場”が重要ですね。人間は『AIBO』が機械だとわかった上でも、一瞬の“誤解”、感情移入をする。その“誤解”を楽しむユーザーが多い。ユーザーの思い入れの強さは、我々の予想を超えたものでした」
 

ピンクのボールと『AIBO』
ピンクのボールと『AIBO』



「次期型の仕込みを始めています」

--今後は、どのような方向で開発を進められるのでしょうか

「ユーザーからのアンケートでは、音声認識機能への要望が高いので、やはりそういう方向ですね。しかし、クローズな研究室ではなく、オープンな生活環境での実現はかなり難しいものです。現在パソコンに搭載されている音声認識はヘッドセットを利用していますから、これを普通の発話で認識させるとなると難しいですね。また、ユーザーの顔の認識などは、さらに高度な技術が必要なのですが、将来的には入れていくべき技術の1つなのでしょう。大きさとの兼ね合いで、あまりバッテリーを消費する機能は、後回しになりそうですね」

「いずれにせよ、詳しくは申し上げられませんが、次期型の仕込みは始まっています」

--ユーザーが何かの命令をすると『AIBO』がそれを遂行するという機能は考えていますか? 現実の犬種ではゴールデン・リトリーバーが人気ですが、それに対応する銀色のロボット犬“シルバー・リトリーバー”、“メタリック・リトリーバー”が、現実世界で新聞を取って来たり、ソフトウェアエージェントになってインターネット上で必要な情報を取って来たりすればいいな、と私は考えているのですが

「『AIBO』は、あくまでも用途を“エンターテインメント”としたロボット、“役に立たないかもしれないけど楽しい機械”として位置づけていますから、方向性が異なります。逆に、“命令-実行”ということでは、3回に1回くらい反応すればいいかな程度の期待で、あまり実用本位の機能は考えていません」

「環境を限定した中で、コマンドを与える機器やロボットと違って、こうした自律型ロボットの場合、種々の条件下で使われます。そのため、何かの命令をいつでもどこでも必ず遂行させるには、非常に高度な技術が必要です。現在も、『AIBO』にはピンクのボールに反応する機能があるのですが、照明の具合ひとつで、かなり周囲の環境が変わるので、なかなか100パーセント反応させるようにはいきません」

「しかしエンターテインメント用途であれば、“ときどき命令を聞かないところがまたかわいい”とユーザーに言ってもらえたりするので、完全な技術を用いなくても十分楽しめます」

--お年寄りの健康を確認するためのペットロボットなどを開発している企業もありますが、そういう方向には進まないということですか

「介護に役立つとか、ホームセキュリティー機能があるとか、必ず命令を遂行しなくては問題が起こるような機能の搭載は、当面は考えていません。ソニーという会社全体でも、セキュリティーシステムなどの開発は行なっていませんし」

--国際共同プロジェクト“ロボカップ”で、2050年までに完全自律型の人間型ロボットチームで、人間のワールドカップ優勝チームに勝利するというプロジェクトが提唱されています。ソニーの研究所の方も中心人物のおひとりですね。『AIBO』もロボカップのイベントにときどき参加していますが*、現場の予測として、“ワールドカップ優勝チームに勝利”というのは実現できそうですか

*'99年10月に開かれたソニーのプライベートショーには、'99年8月にストックホルムで行なわれた“RoboCup'99 Sony Legged Robot League”で優勝したパリのロボット研究所“三銃士”チームがゴールシュートのデモを行なっている。詳しくはこちらを見てほしい


「現状をはるかに超えた大きな目標を掲げることが、功を奏すタイプの研究もあります」

「これからは『AIBO』のような遊び心のあるロボットをどんどん家庭に普及させていきたいので、そのためにも、長く遊んでもらえる楽しいものを作っていきたいと思っています」

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