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【INTERVIEW】ケンウッドの音に責任を持つ“音質マイスター”の仕事とは?


2005年7月5日

携帯プレーヤーに4番バッターを投入した、ケンウッドの意気込み

(株)ケンウッド初のハードディスク内蔵型の音楽プレーヤー『HD20GA7』が、先週半ばから店頭に並び始めた。最大の特徴は“音質”へのこだわりだ。各社のHDDプレーヤーは世代を重ねる中で少しずつ進化を続け、音質面での改良も行なわれているが、これまでの中心的な課題は小型化や機能、デザインなどであり、音響機器として長期間の使用に耐えうる製品は決して多くはなかった。

HD20GA7

しかし、ここにきてそういった雰囲気に“変化の兆し”が出ている。例えば日本ビクター(株)は6月8日に開いた発表会で「パソコンの周辺機器ではなく、オーディオ機器として製品を企画した」と開発の姿勢を表現。記事にはできなかったのだが、先日取材したソニー(株)の技術者も「ソニーが作る以上、音がいいのは当たり前」とコメントし、音質に対する自信をのぞかせていた。MDやポータブルCDの市場がシュリンクする中、国内のAV機器メーカーはそのリプレースメントとして、携帯音楽プレーヤーを捉えている。“いい音楽をいい音で聴く”という最も基本的かつ重要な課題が、ようやく携帯音楽プレーヤーの世界でも重視されるようになったのだ。

ケンウッドは“音の責任者”である“音質マイスター”という役職を、企画・開発・販売の責任者とは別に3年前から設け、その許可が下りた製品だけを市場投入するようにしている。今回発売されたHD20GA7も、この音質マイスターの厳しいチェックをパスしたものだ。東京・八王子にあるケンウッドの本社を訪ね、HD20GA7にこめられた音質に対するこだわりを聞いた。



音質マイスターの仕事とは

ケンウッドで“音質マイスター”の肩書きを持つ人物は現在3名。それぞれホームオーディオ、スピーカーシステム、カーオーディオの各事業部に在籍している。今回インタビューした、ホームエレクトロニクス事業部音質研究室主幹の萩原 光男(はぎわら みつお)氏は、ケンウッドに入社後、ホームオーディオの設計を10年、スピーカーを10年、カーステレオを10年担当した後、現在の役職に就任した。現在はホームオーディオ製品の“音質”責任者として、ハイエンドの製品だけではなく、普及価格帯の製品も含めたほとんどの製品のチェックを行なっている。

“音質マイスター”の仕事について萩原氏は言う。

音質マイスター
HD20GA7の“音質マイスター”、萩原 光男氏

[萩原] こういう制度は、オーディオブームのころには必要なかったんですね。どのメーカーもこういうことをやっていたし、技術者もきちんとした耳を持っていた。でも、今のモノ作りの現状を見ていると、電気技術者にとってオーディオはそんなに一般的なものじゃないなと感じる。むしろコンピューターなどのほうが一般的になってきて、こういう仕事ができる人間が減っているんですね。一方でモノ作りは本物志向になっていて、良いものを作るためには、品質を管理できる人間が必要になる。

萩原氏は過去のキャリアの中で、カーオーディオの開発に携わったことが現在の仕事の大きなプラスになっていると言う。

[萩原] カーオーディオっていうのは、非常に条件が厳しいんですね。頭の中にいい音のイメージを作っていって、それに近づけていく作業が必要です。これはポータブルオーディオのように、なかなかいい音が出てくれない製品では共通なんです。

ケンウッドの考える“いい音”とは何なのか。商品企画を担当したホームエレクトロニクス事業部商品企画設計部プロジェクトグループグループ長の小川 靖徳(おがわ やすのり)氏は以下のように述べる。

[小川] 概念的な話をすると、ひとつは原音に忠実であること。歌手やグループには上手下手がありますが、原音が一番いい音なのは間違いない。だから、それをいかにうまく出していけるかが重要です。その一方で、製作者が意図した音を表現することも大事です。これは原音とは少し違う。例えば、映画などの爆破音は原音を録音したのではなく、ライオンの声やモノをぶつけた音など組み合わせて作っている。この“原音再生”と“製作者の意図した音”という似て非なる2つの理想のバランスをとるのが音作りだと思います。

小川氏は「オーディオ専門メーカーのケンウッドが、そうでないメーカーと音で勝負したら“10対0のコールドゲーム”で勝てるぐらいの気持ちでないといけない」と意気込みを語る。

[小川] その意味で、われわれが作っているのは“いい音”を作るのではなくて、“いい音楽を再生する”機械と言えるかも知れない。“音”というより“音楽”として捉えてもらったほうがいいかもしれません。



追求したのはリアリティー

取材中にHD20GA7と『iPod』(第4世代)を比較して聴くことができた。チェックディスクのひとつでもあるという『テネシーワルツ』をiPodで聴いたところ、音質はクリアーで満足できるものだった。続いてHD20GA7を聴いた。すぐに感じられたのが、より透明感のある女性ボーカルの声と中低音の適度な厚みだ。強調のない自然な音という点では同傾向なのだが、HD20GA7の音を聞いた後ではiPodの音はずいぶんとあっさりしたものに感じる。音の良し悪しだけでなく情感の表現までできていると言ってもいいかもしれない。HD20GA7は演奏の細かなニュアンスや雰囲気などが伝わってきて、演奏者と同じ空間にいるような、そんな気持ちにすらなった。

萩原氏
「リアリティーの高さが魅力」と萩原氏は言う

[萩原] いろいろな感想をもらうんですが、総合するとうちの音は“リアリティー”が非常に高いんじゃないかと。原音場というかね、演奏された現場で感じられる細かな臨場感や響きも表現できるようにする。著名なAV評論家の先生にも何人か視聴してもらったのですが、この手の製品もようやく音響機器として評価してもらえる水準になったという感触を持っています。

萩原氏が音をチェックするポイントして重視しているのは“音のつながり”であるという。特定の周波数帯域で強調感があると音に癖ができてしまいジャンルによって向き不向きが出てしまう。視聴の基本とするソースにはジャズやクラシックのようなあまり手を加えていないものを選び、フラットな音作りをするのが基本だという。

[萩原] 音作りにはいろいろなサインがあって、例えば低音が良くなったと感じた瞬間にどういうふうに改善できただろう? 配線を変えたからだとか、回路の干渉がなくなったからだとか、要因を科学的に分析すること大事です。いろいろな音の違いが現れた時の理由。経験の蓄積がモノを言います。

[小川] 一番正確な計測器はマイスターの耳なんですよ。例えば萩原が音を聴いているじゃないですか。「ああいいねえ」と他のスタッフと話しているときに、誰かが機械をいじったり、ビスを緩めたりすると「何かいじったの?」ってすぐに聞き返すぐらいの耳がありますからね。

音質マイスターの耳を小川氏は“ある種犬に近い耳”と表現する。しかし、取材した感想では、萩原氏が優れた聴力を持つのはもちろんのこと、音に対する関心が人一倍強いのではないかという印象を持った。

[萩原] いろんな音が気になりますよね。この会議室は空調の音がしてますけど、そういう音や、照明が消えたときにちょっと空気に湿気があるなぁとか……。そういうことが気になります。ものの置きかたとか、部屋の環境ひとつで音は変わりますからね。

音を聞き分けるためには脳の冴えが重要だ。試聴会も午前中が多いという。

[萩原] 朝はあんまり得意じゃないんだけどね。あとは「深酒をしないことかな」(笑)。常に一定のコンディションで聴けるよう、体調には気を遣ってますよ。



高音質の要因となったデジタルアンプの搭載

高音質を実現するためには技術的な裏づけが必要だ。HD20GA7では、デジタルアンプを搭載することで、ノイズや歪みの少ないクリアーな音質を実現したという。小川氏とともに商品企画を担当した、CB開発センタ バリュークリエーションディビジョンエンジニアリングリーダーの高橋 利幸(たかはし としゆき)氏は、デジタルアンプ採用の利点について以下のように説明する。

企画、音質の責任者
商品企画を担当した高橋 利幸氏(左)と小川 靖徳氏(右)。

[高橋] 弊社の“クリアーデジタルアンプ”はポータブルCDやMDには4年前から導入しており、現在は3世代目に進化しています。利点としては、S/N比が格段にいいことが挙げられます。これにより、打楽器のアタックとかボーカルのハリの部分がうまく表現できているのではないかと思います。

MDプレーヤーの分野では標準的に搭載されているデジタルアンプだが、ケンウッドの特徴は“センシングアンプ”を用意することでD/A変換時にローパスフィルター部分の逆起電流によって生じるノイズを低減しているのが特徴だという。

[高橋] センシングアンプを搭載したことで、中域から低域にかけて生じる歪みを抑えることができました。プレーヤーによっては、イコライザーで低域を上げようとするとモコモコという音が出たり、ボーカルが聴きにくくなるものがあると思うのですが、全帯域に渡って歪みを抑えていますので、ボリュームを上げても問題ないですし、イコライジングもしっかり出てくれるようになっている。これは一朝一夕ではできない技術です。

しかし、デジタルアンプの搭載は諸刃の剣であると高橋氏は言う。



工夫を凝らしたイコライザー
HD20GA7に搭載されているイコライザーは業務用機器で用いられている“パラメトリックEQ”によく似たタイプのもので、周波数の指定ができる。ボーカルと言っても男声と女声では音域が異なる。よりこだわった設定ができるわけだ

[高橋] デジタルアンプを使うと集積度が高くなるので、小さく軽く消費電力の低いプレーヤーを作ることが可能です。しかし、プリント基板に入れ込む際にはノウハウが必要です。プリント基板は何層にも渡って構成されていますので、ひとつ間違うとほかの回路に悪影響を及ぼしてしまう可能性がある。この点に関しては、萩原を中心に何度も回路をこう置いたほうがいいとカット・アンド・トライを繰り返しています。今回も量産直前にパーツをごっそりと入れ替えました。社内では“パーツ屋泣かせの萩原”と言われてます(笑)。それだけこだわってることは強調したいと思います。

[小川] ホームシアターセットやミニコンポでは当たり前のように使われているデジタルアンプですが、それはすでに汎用のユニットがあって比較的簡単に製品化できるためなんです。しかし、今回の製品ではゼロから試行錯誤して回路を起こさなければならなかった。その点の苦労はあったと思います。

[萩原] 今回の製品は仕込みの段階から関わっていて、あるレベル以上のものは出てくるだろうって予想はあったけど、正直2月に出したメモリーオーディオが結構良かったので、それを超えられるかなぁ……と思ってました。それを超えることができた理由としてデジタルアンプの搭載がある。アナログの場合、コストと音質の差がリニアに出る。低価格で高音質を実現するのは難しい。しかし、デジタルではある水準から先は一定の音質が確保できるんですね。安価でも高音質を得やすくなるのです。音をお聞きになって一種の静けさみたいなものが感じられたと思うんですが、これはデジタルアンプの特徴なんですね。これは技術的にも説明ができるもので、デジタルアンプにしかできない音として時代を切り開いていくと思うんですがね。



ケンウッドはオーディオ界のブラジル!?

萩原氏は、ケンウッドの技術者1人1人のポテンシャルの高さが組み合わさったことで、今回の製品が生まれたと言う。

ステンレスフレーム
設計時に非常にこだわったというステンレス製のフレーム。振動を最小限に抑えるため、左右対称とした

[高橋] 今回は音質の責任者ということで萩原の力を借りてるんですが、設計担当者には担当者なりのポリシーがあるみたいで。言葉は悪いんですが曲者が多いんです(笑)。かなりこだわっていて、新しくこういう曲を聴いてくださいと、萩原のほうに持っていったりもしてるんですね。HDDの中にはやり取りを繰り返すたびに曲が増えていって、新しいポップスやボーカルものもずいぶん聴いてもらったんです。

[萩原] これは社内的な事情なんですが、オーディオっていったらまずは“ピュアオーディオ”でしょ? つまり、ポータブルってのはちょっと忘れ去られたところにあったんですね。逆にそういうところで活躍してる技術者はポテンシャルが非常に高いんですね。技術屋だったらね、ひずみよくしましたとか、じゃあどんな音に改善されるんだろうなんてことは必ず思うじゃないですか。彼らなりに長年取り組んできた、その集大成が今回の製品と言えます。その意味じゃ、私のやったことはほんのちょっとかもしれないですね。

技術者サイドから、音質マイスターへの働きかけという部分では、HDDや基板を固定するフレームへのこだわりがあったという。オーディオ機器では振動が音質に悪影響を及ぼすのが常識とされているが、その影響を最小限に抑えるためにHD20GA7ではフレームの材料に非磁性体のステンレスを使用し、かつ左右を完全に対称としたという。



カタログはピュアオーディオ
カタログやウェブサイトに掲載されている情報は、デジタル機器というよりはオーディオ機器に近いもので、ある意味新鮮だ

[萩原] これも私が「やれ」って言ってやったわけじゃないんですよ。技術者がこれは対称にすべきだと主張して、それを形にした。

[小川] サイズに制約のある携帯機器ではこれはかなり難しいことなんです。通常はどこか妥協する部分が出てしまう。最終的には“企画”のほうが妥協させられたわけですが(笑)。前面のキーの位置を微妙にズラすとか、逃げながらなんとか実現しました。

[萩原] ケンウッドって会社の面白いところはそういうところなんですね。設計だけでなくデザインも自由ですね。みんな勝手にやってる。

[高橋] それでも最後はまとめますから、言うならばブラジルみたいな会社ですね。萩原のことをケンウッドのジーコって私は呼んでますから(笑)。いるだけで存在感が大きい。でもピッチにいるのは技術者で、ひとりひとりは自由にやっているけど、それが結果的にはいい方向に動くんです。



訂正とお詫び:初出時に高橋氏が“設計を担当した”という記載がありましたが“商品企画”の誤りでした。また、小川氏のお名前に誤りがありました。お詫びして修正いたします。

(編集部 小林久)


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