ニュース / キーパーソン
【INTERVIEW】失敗できない、だから難しい──“EOS Kiss Digital X”開発者に聞く
2006年10月23日
キヤノンが正常進化を進める理由
デジタル一眼レフ機が普及する足がかりを作り、同市場のブランドリーダーともなっている“EOS Kiss Digital”シリーズ。その最新モデルがこの秋登場した。
先代モデル『EOS Kiss Digital N』からの“正常進化”を標榜する『EOS Kiss Digital X』は、撮像素子も1000万画素の大台に到達。超音波振動によるローパスフィルターのほこり除去機能など新機能も搭載するなど、より死角の少ない1台となった。「失敗できないプレッシャーと戦った」と話す開発者に、同製品の魅力を聞いた。
 |
お話をうかがったEOS Kiss Digital Xの開発陣。カメラ開発センター部長の戸倉剛氏(中央)、同主幹研究員の杉森正已氏(右手前)、カメラ事業企画部の東原正樹氏(左奥) |
過去の実績があるから実現できた1000万画素センサー
[――]
EOS Kiss Digital Nは大変なヒット作となりました。その理由はどこにあったと考えていますか? また、その後継となるEOS Kiss Digital Xを開発する上での、コンセプトをお聞きしたいと思います。
[東原]
従来機種のEOS Kiss Digital Nで、一番インパクトが強かったのは、小型軽量。その次が高画質ですね。これが初代のKiss Digitalに比べて大きく変わった部分だったため、高評価を受けました。EOS Kiss Digital Xは、このEOS Kiss Digital Nをベースに従来ユーザーの要望を盛り込んだ“正常進化のモデル”であると考えています。
[――]
撮像素子は800万画素から1000万画素にステップアップしました。エントリー機である“Kiss”に、なぜ1000万画素のCCDを搭載したのでしょうか。
[戸倉]
今回の製品は、確かに“Kiss”のブランドを使用していますが、現状ではフィルムカメラのKissのように、エントリーとそれ以上の層がきれいに分離していません。確かに、EOS Kiss Digital Xの大きなターゲットは、コンパクトカメラからのステップアップを図るエントリー層ですが、実際には、従来のデジタル一眼レフのユーザーやハイアマチュア、プロのサブ機といった用途も考えていかなければなりません。そういう意味で、EOS Kiss Digital Xはエントリー機として割り切れる製品ではないのです。
[――]
中級より上の層を狙っていく上でも、1000万画素クラスの撮像素子が必要だったということでしょうか。
[戸倉]
そうです。カメラとしての基本性能はすべて上げていく方向で考えました。操作性やインターフェースに関しては上位機と異なる部分もあるのですが、機能的には、エントリーよりも上のクラスのユーザーが満足できるものを目指しています。
[――]
1000万画素の撮像素子を自社で開発する上での難しさはどこにあったのでしょうか。
[戸倉]
800万画素から1000万画素へのステップアップ比はそれほど大きくないように感じるかもしれませんが、キヤノンとしては、APS-Cサイズで初めての1000万画素です。今までのセンサーと同じようなチャレンジがありました。従来と同じ作り方で、単純に画素の密度を高めるだけでは、(感度をはじめとした)性能が劣化してしまいます。性能を維持するための取り組みが必要になります。
[――]
具体的には、どういった取り組みをされましたか。
[戸倉]
センサーで集めた信号をデジタル化する以前に、大きく2つの処理があると考えてください。ひとつは、いかに効率よく光を集めるかという部分。もうひとつが、その光をいかにきれいに電気信号として出力するかという部分になります。センサーの構造によって、その両方を改良しないといけません。一画素一画素に設けられたマイクロレンズを大きくして、レンズ間のギャップを狭め、より集光効率を高めるといった取り組みはその一例となります。
[――]
高画素化を行なっていく上には、常にハードルがあるというわけですね。
[戸倉]
(2000年に発売された『EOS D30』に向けて)最初に取り組んだCMOSイメージセンサーは300万画素でした。エポックメイキングな新技術が導入されれば、階段状に技術が進化していきますが、現状ではリニアな技術改善を行なっていく必要があります。600万画素、800万画素という着実な進化の中で、現在ようやく1000万画素のレベルまで到達できたという状況です。
EOS Kiss Digital Xで何を改善したか?
[――]
EOS Kiss Digital Nのユーザーから寄せられたリクエストで一番多かったものは、何でしょうか。
[戸倉]
一番分かりやすいのはパネルサイズです。画面を大きくすると同時に、メニュー表示も工夫して、いろいろなガイダンスが出るようにしました。カメラのサイズに対しては軽量コンパクトであると好評でしたが、逆に小さいために持ちにくいという意見もありました。今回は、本体のスリーサイズは変えずに、造形の改善で、ホールディング性を高めています。
 |
背面の比較。右がEOS Kiss Digital X。液晶パネルが大型化したほか、グリップ形状も改善されている |
[――]
シャッターやファインダーなど、光学系の改善はなされていないのでしょうか?
[戸倉]
ファインダーの改善を求める声も多く寄せられたのですが、内部の構造上の問題で、今回は見送らせていただきました。シャッターに関しては、EOS Kiss Digital Nで、小型の専用シャッターを採用しています。Nのレリーズ感が好評だったので、そのメカニズムはそのまま使っています。シャッターは音の小ささもそうですが、音質によって印象が大きく変わるので、その点にも配慮しています。
[――]
今回ごみ取りの機能を初めて付けられましたが、これも要望の高かった機能なのでしょうか?
[戸倉]
全体の中ではそれほど大きな比率ではなかったのですが、従来機種の発売から、1年半の時間が経過するなか、徐々に搭載を希望する声が高まってきていました。
[東原]
当初はコンパクト機ではごみ取りという概念自体がないため、このクラスのカメラに対する要望はそれほどなかったということだと思います。しかし、他社の製品では、ごみ取り機能の搭載を積極的にアピールするものも増えており、徐々にその認知が進んだのだと思います。
[――]
ごみ取りに関しては“出さない”“付けない”“残さない”の3つに注目したとアピールされていますが。
[戸倉]
まず、出さないの部分ですが、EOS Kiss Digital Nでも、カメラ内で新しく発生するごみは、ほとんどありませんでした。ただし、マウントキャップの削れが入りやすいという分析結果が出ていたため、今年になってから、(EOS Kiss Digital Nのユーザーに対しても)順次材料を変えたものを提供しています。
[――]
付けなくするという部分に関しては?
[戸倉]
静電気がたまらないように、アースしています。
[――]
それでも取れないごみは、振動で落とす形になると思います。それにも技術的なノウハウがあるのでしょうね。
[戸倉]
難しいですよ(笑)。ただ揺らせばいいというわけでなく、耐久性も維持しないといけませんから。いろいろな条件を満足した上で、揺らすというのが大変なんです。さまざまな試験をクリアーした上で、やっと商品化できた機能になります。
[――]
ごみ取りに関しては、まず付けないことが重要で、揺らすことはその次だという考えのメーカーもあるようですが。
[戸倉]
表面処理だけでも、振動だけでも100%のごみを取ることは無理だと思います。少なくとも、物理的な力を加えて落とすという積極的な行為がないと、単純にごみを付きにくくした状態の“上”にいくことはできないでしょう。
|
|
左の写真で、金属のプレートに対して黒い枠で支持されているのがローパスフィルター。フィルターは2つに分かれており、そのうち1枚が最前列に浮かせた状態で設置されている。その下に圧電素子があり、そこから振動が伝わる |
[――]
新モデルを出すにあたって、手ぶれ補正機能付きの低価格な標準レンズの投入を期待する声もあったと思います。このあたりのご予定はいかがですか?
[東原]
将来の計画に関してはコメントできないのですが、手ぶれ補正の効果に対する認知度が上がり、要求度も高くなっているということは十分認識しています。
 |
ボディーキャップに関しても削れにくい素材を使ったものに変えている |
キヤノン一眼レフの絵作りはEOS Kiss Digitalをベースにしていた
[――]
“絵作り”に関しても聞かせてください
[杉森]
これはEOSの歴史を振り返っていただくと明確になることなのですが、当初はプロ向けの機種とエントリー向けで絵作りを変えていました。しかし、『EOS 5D』を皮切りに“ピクチャースタイル”という全機種で同じ絵作りを割り当られる仕組みの導入を進めています。これは、デジタルフィルムのコンセプトといいますか、フィルムを交換するように、絵作りを選べる機能です。今回Kissにも初めて、ピクチャースタイルが入りました。設定に関しても、SETボタンを押すとすぐピクチャースタイルに飛べるようにして、操作しやすくしています。
[――]
EOS 5Dはハイアマチュア向けの機種になると思うのですが。
[杉森]
実は、ピクチャースタイルのデフォルトになっている“スタンダード”は、初代Kiss Digitalにあった“パラメータ1”なんです。非常に評判がよく、EOS 1D系のユーザーからもどうしてこの色が出ないんだというご指摘を受けたぐらいです。
[――]
ピクチャースタイルでは、通常の彩度/コントラスト/シャープネスでは調整できないような効果が得られるのでしょうか?
[杉森]
風景など、シチュエーションに合わせた専用の画像特性を用意してあります。これらには通常の設定だけでは出せない、ドラスティックな変化が出るようなチューニングを行なっています。
[──]
ノイズ低減に関しては、どのようなスタンスを取っていますか?
[杉森]
根元から断つと言いますか、基本はやはりCMOSイメージセンサーの段階で対策を行なわなければならないと考えています。また、アプリケーションとの連携も強化しています。付属ソフトの『Digital Photo Professional 2.2』(以下DPP 2.2)では“ダストデリートデータ”の情報を利用して、パソコン側のソフトでごみを除去できる機能を付けています。また、DPP 2.2においては、ノイズリダクションをRAW形式とJPEG形式のどちらのデータにも掛けられるようにしました。ノイズ除去に関しては、解像度や階調性確保とのトレードオフという面もあり、お客様の選択肢を広げるために、今回アプリケーションで対応するようにしました。
究極の“快速・快適・高画質”に近づくための地道な改善
[――]
技術サイドで、これ以外にアピールすべき点はありますか?
[戸倉]
コンセプトの話に戻るのですが、EOSは“快速・快適”という部分をフィルムカメラの時代から推し進めてきました。これがデジタルに変わることで“高画質”という部分も意識しなければならなくなった。この“快速・快適・高画質”がEOS Digitalシリーズの3本柱ですが、Kissの場合、これに小型軽量というフィーチャーが付いてくるんですね。EOS Kiss Digital Xに関してもベースはそれなんですよ。それに対して、先代のモデルが満足していなかった部分をすべてブラッシュアップしていくというやり方です。
その中で、要望の高かったことを逐一改善していく。背面の液晶パネルは大画面とするし、高画素化の要求もまだまだ高いという認識ですからセンサーも当然いいものを用意する。あとは、10メガを支えるためにAFの改善も行ないました。9点AFにして、精度を高めた。上位クラスのユニットを搭載して、中央部分のAF精度を絞りF2.8相当まで高めています。あとは、ピクチャースタイルというキヤノンの考える絵作りをスタンダード機にも載せて、活用してもらいたいと考えています。そして、ごみ取りです。この機能により、ほこりを気にせず交換レンズを楽しんでもらえる。
突出したところを狙うというよりは、今挙げた5つの柱を支え合って、普及クラスの標準機として作り込んだのがEOS Kiss Digital Xだと思っています。
[――]
バランスを重視しつつ、不満のあった部分を地道に潰していったのがEOS Kiss Digital Xということですね。
[戸倉]
そうですね。作り手側としては、この価格で楽しんでいただきたいので、コストバランスも十分考えました。しかしこの価格達成は非常にハードルが高く、開発現場ではいつもバランスを失いかけていましたが。
失敗できないプレッシャーとの戦い
[――]
メモリーカードに関しては、コンパクトフラッシュ(CF)のままですね。SDメモリーカードの価格も下がってきていますが。
[戸倉]
サイズに関しては、EOS Kiss Digital NのサイズでCFスロットを搭載できていたので、小型化のためだけに敢えてSDメモリーカードを選択する必要はなかった。それでは、種類をどう選ぶのかという話になるのですが、先ほどの話にもあったように、EOS Kiss Digital Xのユーザー層は非常に広い。買い換え層なども考慮すると、現時点ではCFだろうと判断しました。
 |
左がEOS Kiss Digital N。右がEOS Kiss Digital X。サイズに関してはほぼ同等となっている |
[──]
本体サイズは先代のEOS Kiss Digital Nと変わらないとのことでしたが、実際には液晶パネルが大型化し、ローパスフィルターのごみ取り機能も追加されています。このあたりの苦労はなかったのでしょうか?
[戸倉]
まずメイン基板に関しては、従来とほぼ同じサイズとなっています。CMOSイメージセンサーとメカニカルのシャッターのスペースは変わってないのですが、そこにごみ取りの機構を入れているので、その点は設計部隊が苦労した部分ですね。
 |
シャッターなど基本的なメカは従来機種を踏襲。メイン基板のサイズに関しても従来機種とほぼ同等だという |
[──]
液晶ディスプレーに関してはどうですか?
[戸倉]
液晶の部分は、常時表示のモノクロ液晶パネルを食いつぶして、面積を稼いだ部分はありますね。それだけでなく、操作部材のレイアウトを改善することでパネルの面積拡大に対応しています。コアとなるミラーボックス周りとメカニカルな駆動部分は、EOS Kiss Digital Nと同じものをそのまま持ってきています。操作部材と、ごみ取り機構周辺については、かなりドラスティックに変えていますが、中身の駆動周りは基本的に踏襲していますね。
[──]
消費電力に関しては、増えていると思うのですが。
[戸倉]
約1割ぐらい撮影枚数が減っています。最もバッテリーを消費するのは画像処理エンジンです。DIGIC II自体の消費電力は従来機種とほぼ同等です。ただし、周辺回路の省電力化は進めていて、電源管理の最適化など、ソフトウエアによる改善も行なっています。バッテリー寿命は減っていますが、機能向上を果たしつつ、それでも1割で抑えられたという面はあると思います。いずれにしても、バッテリー容量に関しては、他社の半分程度です。それでも遜色ない撮影枚数を確保できる消費電力にするための努力はありました。
 |
最も消費電力が高いのが画像処理部分だという。メイン基板は機能ごとにブロック分けし、ノイズの低減や効率の良い配線に役立てている |
[──]
なるほど、非常にバランスのいい進化を遂げつつ、値段が変わらないという意味で買い得感も高い1台になっていますね。
[東原]
おそらく、ユーザーにはデジタル一眼レフカメラの優等生といった印象を持ってもらえるのではないかと考えています。特別とんがったところはないけれど、そつなくこなせる。そんなカメラではないかと。
[戸倉]
これは発表会でも強調されたことなんですが。今回の機種は、あくまでも“Kiss”なんですね。Xを付けたというのは、10メガと10代目という2つの意味がありますが、作り続けてきたことで現在のスタイルを確立できているという面はあると思います。使いやすさや快速・快適を実現するための長年の取り組み。その蓄積が大きいと思います。
[──]
一眼レフの絵作りは、EOS Kiss Digitalのパラメーターが基本になっているというお話がありました。同時にEOSシリーズの中で、最も台数が出る製品であり、エントリーからハイアマチュアまで幅広い層が使う。そういう意味で、EOS Kiss Digital開発チームの責任は重大ですね。
[戸倉]
数の面でも圧倒的に多いため、失敗ができないですね。これは会社の事業という側面だけではなく、それだけ使っていただけるユーザーが多いということも意味します。つまり、大きな満足をいろいろな人に届けなけらばならない。それは大きなプレッシャーです。
[──]
最後に、今回の製品の開発にはどのぐらいの期間を掛けられましたか?
[戸倉]
残念ながら、それは秘密とさせてください(笑)。
(聞き手 小林 伸、撮影 岡田清孝)
2006-11-09
各社から魅力的な新製品が続々と登場し、大きな関心を集めているレンズ交換式デジタル一眼レフカメラ。この秋はエントリークラスでも1000万画素クラスの撮像素子を搭載した製品が登場してきた。カタログスペックでは分からない、開発者のこだわりを連続インタビューでお届けする。
|