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視覚障害者への福音、電子書籍の自動読み上げに消極姿勢の出版社

2006年10月11日 22時39分更新

文● 編集部 西村賢

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電子書籍ビューアー『T-Time』を開発する(株)ボイジャーは11日、自動音声読み上げに12日から対応すると発表した。(株)アルファシステムズの電子音声読み上げソフト、『電子かたりべ』を別途インストールすることで、自動的に両ソフトが連動する。電子かたりべは年間利用3000円。T-Timeは機能限定版の無償のものが利用できる。視覚障害者や視力の弱い高齢者など、全国で約100万人と言われる“読書障害者”を主な対象とする。

デモ画面
T-Timeで表示中の作品でブロックごとに文章を読み上げる電子かたりべ

進まぬ音声コンテンツ化
読み上げ対応に出版社は難色

今回対応する電子本は、理想書店、パピレス、楽天ダウンロードなどのサイトで販売されている“.book”形式のもの。従来、パソコンに文章を読み上げさせるには、コピー対策の著作権保護処理が施される前のテキストデータが必要だった。著作権保護機能のついた電子書籍フォーマットでの読み上げ対応は国内では初めてとなる。

読み上げは、ファンクションキーの“F5”を押すことでブロック単位で行なう。F4、F5に隙間があるため、視覚障害者にもキーボード上での位置が分かりやすいという配慮だ。音読にはペンタックスが開発した音声合成処理エンジンを用いる。特に前処理を施さずに与えられたテキストデータを読み上げる“素読み”と、誤読や不自然な抑揚を補正したコンテンツに対応する。ただし、「素読みでも誤読率は低く、十分な品質を確保できる」(アルファシステムズ 栗原定見専務取締役)といい、T-Timeとの連携では素読み利用を中心に想定しているという。

栗原定見氏アルファシステムズ 専務取締役 栗原定見(くりはらさだみ)氏

特に前処理が不要であるため、すでにデジタル化されている出版物の原稿データは、ほとんどそのまま音声読み上げに対応可能だ。ボイジャーの萩野正昭代表取締役は、「出版すれば、それがそのまま読書障害者への支援になる」と話す。視力低下のために読書が億劫になった高齢者や、身体的障害のために読書が物理的に困難な人たちに市場を広げるという意味で、出版社にもメリットがあるという。

問題は出版社の対応だ。

.book形式の読み上げが可能かどうかは、出版社の意向次第。出版社や著作者が許可しない限り、電子本の読み上げはできない。「情けない話ですが、3割から4割程度の出版社が読み上げ対応に消極的」(前出萩野氏)。これまでボランティアによる音訳や、テキストデータが入手できるコンテンツに限って情報や作品に触れることができた障害者に福音となるはずだった既存電子書籍の読み上げ対応が、及び腰の出版社の対応が原因で、進まないことに萩野氏は憤りを隠さない。「技術的にすでにできているのに、(自動読み上げ)に対応しないという挙に出ないでほしい」。

萩野正昭氏ボイジャー 代表取締役 萩野正昭(はぎのまさあき)氏

視覚障害者向けばかりでなく、健常者が音楽のように聴き流しながら読書ができるという“オーディオブック”に市場があるとすれば、出版社としては音声合成ソフトによる自動読み上げよりも、専用オーディオブックコンテンツで市場拡大を狙いたい思惑も働いているのではないかと萩野氏は語る。音声化による不正コピー流出のリスクもある。メリットの見えづらい自動読み上げに出版社の対応は後手後手となりがちだ。

デジタルデバイドが情報障害を助長する

記者会見に同席したバリアフリー出版に取り組む全盲の松井進氏は、自らの体験から視覚障害を“情報障害”だと指摘する。一般に、人間は情報の80パーセントを視覚で得ており、それができない障害者は不利な立場に置かれたままだ。弱視障害を抱えて生まれた松井氏は、最初は通常の学校で文字の読み書きを覚え、その後視力を失うにつれて点字を覚えた。点字パターンは合理的で覚えやすいが、目で見てパターンを読み取るのではなく、指先の感覚で「読める」ようになるには何年もかかった。視覚障害者の多くは点字が読めず、点字の識字率は1割程度とも言われる。

そうした状況にあって、パソコンによる音声合成は視覚障害者に情報へのアクセス手段を提供する画期的なツールとなっている。懸念されるのは徐々に立ち上がりつつある電子書籍市場だ。音声合成のためには特殊な電子ブックフォーマットではなく、音声合成ソフトが読み込めるテキストデータが必要だが、「テキストデータへのコンバートの許諾を求めても応じてくれる出版社は少ない。テキストデータ自体の提供となると、さらに少ない」(松井氏)という。

音声合成技術はコストが無視できるレベルにまで実用化された。音による読書が文字通り“福音”になるかどうか。後は出版社を初めとする社会全体が、この問題をどう認識するかにかかっている。

松井進氏千葉県立中央図書館 バリアフリー資料リソースセンター 副理事長 松井進(まついすすむ)氏
点字の電子手帳 点字ディスプレー
松井氏が普段持ち歩いている点字の電子手帳点字ディスプレー。小さな突起がカチカチと変化する
バリアフリー出版の例 大活字のサンプル
自らの体験を綴った著作では、松井氏はバリアフリー出版を実践。点字版、音訳版(朗読テープ)、大活字版、マルチメディアCD-ROM版、フロッピーディスク版を同時にリリースした講談社は大活字版をリクエストに応じて印刷・製本するサービスを行なっている。弱視の障害者や高齢者向けだ

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