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「ものづくりからできごとづくり」へと移行するデザイン――デザインの未来形“フューチャー・デザイン・シンポジウム”より

1999年10月12日 00時00分更新

文● 野々下裕子 younos@pb3.so-net.or.jp

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10日より2日間、新宿のICCで“フューチャー・デザイン・シンポジウム”が開催された。美術、放送、ITなどさまざまな分野からのトップレベルの講師陣を迎えただけあって、応募総数は定員のほぼ倍に達したという。合わせて会場では、イリノイ工科大学と国際情報科学アカデミー(IAMAS)の学生たちによる作品も紹介され、サブタイトル“デザインの未来形”がさまざま形で提案されていた。

“ビジュアリゼーション”がトレンド



会場の模様


会場では、本を開くというメタファーでウェブページを動かすバーチャルテーブルや、子供向けの自動掃除機(&楽器)ロボットなども紹介された


セッション1の“未来のデザイン”では、東京大学の武邑光裕教授と日本放送協会の中谷日出氏が、映像を中心とした表現のあり方について語った。


中谷氏は未来のTVを描いたビデオを見せながら「専門家のリサーチに基づいた分析よりも現実の技術の方が先に進んでいる部分も多々ある」と語った

武邑氏は、テクノロジーとデザインが融合する現代においては、視覚化によって知覚させる“ビジュアリゼーション”がトレンドになっていると語り、そのデザイン事例として、ネットワーク上のハイパーリンクを3Dで見せる“Plumb design”や、パソコンの中にあるデータをトレースして視覚化する“データトレース”というツールを紹介した。

話題の映画『マトリックス』などもそうしたビジュアリゼーションを利用した作品の一例で、数百台のカメラを並べて360度回転する映像を作り出し、触感を生み出しているといえる。そうした技術がある一方で、デザイン全体を発展させていくには、技術だけに頼るのではなく、古きをもって新しきを知ることで得られる文化的な基礎体力も必要だと述べた。


テキストやリンクを視覚化することで、感覚的にその意味を知ることができるという武邑氏。現在の作品はすべてネット上で見ることができる


“つながりの視覚化”と“ViewPoint(視点)”

セッション2の“バーチャルリアリティーとコミュニケーション”は、VR世界の第一人者であるスコット・フィッシャー氏と、ドイツのZKM映像研究所で1年間の研修期間を終えて帰国したばかりの藤幡正樹氏という、ハイレベルの組み合わせで行なわれた。

まず最初にフィッシャー氏がスライドを見せながら、自らが研究し続けてきたVR技術の経緯を紹介した。氏は立体像の表現をカメラの開発から始めたが、アメリカのMITでの研究の際にイメージの中に没入する感覚に目覚め、以降はそうした感覚の再現をする技術としてのVR研究を進めてきた。日本では恵比寿麦酒記念館で氏の作品を見られるが、ここでは来場者に映像の選択肢を与えることで、リアリティーを高めたという。フィッシャー氏は、VRカメラや技術そのものは行き詰まっており、これからはVRを表現するためのコンテクスト(文脈)、すなわち“つながりの視覚化”が重要になると言う。


VR世界では神様のような存在ともいえるスコット・フィッシャー氏。アートと技術の境にあったVRも今では大きく変化しており、現在はその普及のためのプロジェクトを推進中だという


フィッシャー氏の話を受けて藤幡氏は、“ViewPoint(視点)”をリサーチすることで、空間の意味付けが可能になるとした。たとえば、イタリアの宗教像は頭上から目の高さに置き場所を変えただけで、神の存在を近くに感じるようになったという。すなわち、CGやカメラの精度よりも、何を伝えたいかによってデザインは変わってくるというわけだ。その事例として、色のついた球体をアバターにしたVRMLチャットを紹介。3つの部屋毎に特性があって、それに応じたコミュニケーションができるようになっているが、一番のポイントはアバターを重ねて相手の感覚を疑似体験できることだ。フィッシャー氏もツールを使って個人の体験を共有することが、新しい発見につながると、その重要さを強調した。


ハードが進化するほど人が置き去りにされていくことに不安を感じるという藤幡氏は、究極のカスタマイズよりも多くの人とコンセサスを取りながらのデザインのほうが結果的には便利になるとも


藤幡氏が大学で実験中のVRMLチャットシステム。誰でもダウンロードして参加できるそうだ(新バージョンはWindows版のみ)

ファンクション(機能)を自然に表現するデザイン

セッション3の“情報の空間”では、ソニーコンピュータサイエンス研究所の暦本純一氏が、現在、開発中のさまざまな情報伝達技術を、ビデオとスライドを使って次々と紹介した。タブレットペンをデバイスに、PDA上の情報をお箸でつまむように簡単に移動できる“Info-Carrier”や、PDAとリモコン機能を組み合わせた“InfoStick”のほか、パームパイロットをデバイスにした情報伝達技術も開発されていた。そこで注目されるのは、スムーズにデータを移す技術もさることながら、移動の際にファイルに影を作り、あたかもつまみ上げたように感じさせるといった工夫である。「デザインは美しくするだけが目的ではない。ファンクション(機能)を自然に表現することである」と暦本氏は強調する。



Info-Carrier(左)と、InfoStick(右)



単なる情報ツールではなく、より人の動きにマッチしたものを目指しているという暦本氏。「現実の中に開かれたコンピューターを作りたい」と語る


最後に行なわれた講師全員によるパネルディスカッションでも、このファンクションがキーワードとなった。

「その昔、機能を高めることはクラフトと言っていたが、今はそれが当たり前のようにデザインという言葉でくくられている」と言う藤幡氏に対し、武邑氏は「デザインは権威主義から簡単で個々のものになりつつある」と補足。参加者からは、完成されきったデザインよりも、ある程度の欠陥はあって、進化し続けるモノのほうが楽しいといった意見も出された。そういう意味では、時代のデザインは「ものづくりからできごとづくり」へと移行しつつあると言える。では、ものづくり=プロダクトの世界はどうなっていくのか。そのテーマは翌日へと持ち越され、10日の全セッションは終了した。


最後のパネルディスカッションに、『ぱそ』編集部の服部桂氏が飛び入り参加。アメリカの大学での最新VR研究などをビデオで紹介した


会場では、藤幡氏と音楽家の森川氏らが、ビジュアルと音楽の楽しさを融合させて作り上げたCD-ROM作品『SmallFish』が紹介された。画面の中を動く球がその他の図形に当たると形や色に合わせてさまざまな音色が奏でられる

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