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南方熊楠もビックリ!? ネットに棲む生命体のような“粘菌性”のコミュニケーションシステム――“スピーチバルーン”の魅力を探る(前編)


2000年5月12日

偶然性と論理性の狭間にあるイメージの邂逅(かいこう)が、新しいコニミュニティーを作り出す
ネットワークのコミュニティーをつくるシステムには、掲示板、会議室、メーリングリスト、ニュースグループなど様々なシステムがある。これらは、すべて運営者がいなければ動かないサーバー集約型のシステムである。運営者のサポートによってコミュニティーがつくられ、発展していく。

ところが、運営者などのサービス提供者やサーバーに依存せずに、自然発生的にコニミュニティーを形成してしまう、あたかも1つの生命体のような分散協調型のシステムが登場した。それが、アーティストとして活躍する安斎利洋氏、中村理恵子氏と(株)ディジタル・ビジョン・ラボラトリーズ(DVL)の斉藤隆之氏*が進めている新しいネットプロジェクト“スピーチバルーン”である。

*現在、(株)情報数理研究所において分散ネットワーク技術を開発中

“バルーン”とは、漫画中の人物の口から出た言葉を示す風船形の輪郭“吹き出し”のこと。ネットワーク上で付箋(ふせん)や気球のように浮遊するバルーンは、それぞれ相関の強いメッセージ同士が結び付き、互いにリンクを張っていく。このようにして成長したバルーンの数(クラスタサイズ)がある値になると、バルーンにあらかじめ属性情報として設定してあったサービス(アプリケーション)が自動的に起動し、バルーン発信者のコミュニケーションを支援するようになる。

具体的なコミュニケーションの支援手段としては、現在のところチャットやメーリングリストなどがある。自律発生的にコミュニティーが発生し、そのコミュニティーができた段階で、メールが送られて来たり、コミュニティーのメンバーと晴れてご対面(チャット)ができるようになるのだ。

“ボトルメール”と“エージェント”が混ざったような、“偶然性の中の必然性”と“必然性の中の偶然性”を併せ持つ“スピーチバルーン”。柔軟で新しいコンセプトは、ネットワーク社会やコミュニティーが成立する過程そのものの本質を見抜いているように思われる。

発案者である安斎利洋氏、中村理恵子氏、システム開発をしたDVLの斉藤隆之氏に、2回にわたり“スピーチバルーン”のコンセプトと現実化に向けた動きについて訊く。1回目は“スピーチバルーン”とは何か? を中心に、その概要とシステムの仕組みについて報告する。

――“スピーチバルーン”というシステムのコンセプトについて、まず教えてください

安斎「“スピーチバルーン”というのは、ネットを漂う“マンガの吹き出し”そのものをイメージしています。自分の発言をバルーンという形にして、不特定多数に向けて発信します。ネット上の様々な人々と、偶然性と論理性を介して出会うためのコミュニケーションソフトとでも言えるかな。バルーンは勝手気ままにさまよいながら、偶然出会った似たバルーンとくっついていきます。似たもの同士というのは、たとえば語彙が似てるとか、そういうことで計るわけ。バルーンが飛ぶ空間をブラウズすると、どんどんつながっていく様子が見えるようにしたいと考えています。似ているバルーンの主同士で、チャットができたりね」

「実際の機能としては、風船というよりは“言葉”の触手を伸ばして空間を漂う、粘菌みたいな感じかな。バラバラの生物のようでもあり、集団が多細胞生物のようでもある。個々人はバラバラだけど、考えている要素の1つひとつが触手となって、他人と緩やかにつながっていくという感じ。このような新しいコミュニケーションの形を、1個のアプリケーションとして実際に広めていきたいと考えています」

安斎氏。「触手を伸ばして、どんどんつながっていく様子を、リアルタイムに見ることができると面白いでしょ」
安斎氏。「触手を伸ばして、どんどんつながっていく様子を、リアルタイムに見ることができると面白いでしょ」



誕生、発展、死滅、再生を繰り返す流動的なコミュニケーションの“場”
――スピーチバルーンのプロジェクトは、DVL(Digital Vision Laboratories)と共同で進めているということですが。

斉藤「DVLでコンセプトを練り上げ、プロトタイプの開発を進めてきましたが、今後どうしていくかは模索中です。このプロジェクトでは、ネット上で1人ひとりが勝手なことをやっていても、全体としてはうまく動いていくような、ちょっと曖昧な仕組みというコンセプトが魅力的だと考えています。これまではクライアントサーバーという、常に存在し、頼れる場所があった(*1)。しかし現実では、人は喫茶店とか会議室とか、ある場所にある名目で集まり、またバラバラになっていきますよね。

「今まで技術的に不可能だったことが可能になってきたので、ネット上でも、人々が集まってはまた離散していく、自律発生的で偶発性のある流動的な“場”を形成できるのではないかと。仲間が急に増えたかと思うと、ふといなくなったりするという(*2)、現実の世界では当たり前なコミュニケーションの状態を、ネットにも持ち込みたいと考えています」

DVLの斎藤氏。「もともとインターネットっていうのは有事にも耐えることを目指したネットワークだったから、どこかが壊れても、完璧じゃなくても動き続けるシステムだったわけ。どこかのサーバーがダウンしたら全面的にダメになるような、現在のシステムアーキテクチャーから抜け出すきっかけになれれば面白いと思う」
DVLの斎藤氏。「もともとインターネットっていうのは有事にも耐えることを目指したネットワークだったから、どこかが壊れても、完璧じゃなくても動き続けるシステムだったわけ。どこかのサーバーがダウンしたら全面的にダメになるような、現在のシステムアーキテクチャーから抜け出すきっかけになれれば面白いと思う」



*1)スピーチバルーンには、そのプラットフォームとして機能するためのハーバーネットワークがある。ここでバルーンが回遊したり、バーバーの名前から参照値を検索するといったことができる(ディレクトリーサービス)。ハーバーはスピーチバルーンが停泊する“港”と考えればよい。ハーバーはスピーチバルーンに参加するノードとほかのノードのハーバーを3本の手で結ぶ。2本の手の場合だと、ノードの結び方は1次元的(円)にしかならないが、3本の手を持つことで多様なネットワークを構成できるようになる(下図参照)

ハーバーネットワークのシステム図。ハーバーはスピーチバルーンが停泊する“港”。スピーチバルーンに参加するノードとほかのノードのハーバーを3本の手で結ぶ
ハーバーネットワークのシステム図。ハーバーはスピーチバルーンが停泊する“港”。スピーチバルーンに参加するノードとほかのノードのハーバーを3本の手で結ぶ



スピーチバルーンシステムのプラットフォームとなるハーバーネットワークのマップ。144個のハーバーがつながっている。ここをバルーンが回遊する
スピーチバルーンシステムのプラットフォームとなるハーバーネットワークのマップ。144個のハーバーがつながっている。ここをバルーンが回遊する



*2)ハーバー間の組換え機構についての補足:さらに3つの手のつながり方には、法則性を持たせた。ハーバー自体が停止してネットワークが分断され場合を考慮し、より安定しているハーバーへと手が結ばれるように組み替えが行なわれる。ハーバー自体の安定度は、コンデンサーの充放電を繰り返す指数関数的な挙動モデルで表現できるようにした。また、バーバーで発生した検索要求を満たすキーとパラメーターが相方のバーバー側で見つからない場合には、相関性を満たすバルーンのある近傍のハーバーへと検索要求を伝播する

ハーバー間の組換え機構。機能停止頻度の少ない安定的なハーバーが中央に集まる。不安定なハーバーはその周辺部に配置される。ここではAとB、C、Dという結び付きから、AとE、F、Bに組み替えが起こっている<
ハーバー間の組換え機構。機能停止頻度の少ない安定的なハーバーが中央に集まる。不安定なハーバーはその周辺部に配置される。ここではAとB、C、Dという結び付きから、AとE、F、Bに組み替えが起こっている<



バルーンの回遊の図。バルーンがハーバーを回遊するとき、まず安定度の高いハーバーを自動的に選択し、それを母港“CAMP”ハーバーとする
バルーンの回遊の図。バルーンがハーバーを回遊するとき、まず安定度の高いハーバーを自動的に選択し、それを母港“CAMP”ハーバーとする



バルーンが回遊に入り、ハーバーへ送られる。ハーバーには、“BOOK”というデータベースがあり、そこにバルーンの内容を登録する。ここで、すでに記録されているほかのバルーンの内容と比較し、マッチングするとそのバルーンにリンクを生成する
バルーンが回遊に入り、ハーバーへ送られる。ハーバーには、“BOOK”というデータベースがあり、そこにバルーンの内容を登録する。ここで、すでに記録されているほかのバルーンの内容と比較し、マッチングするとそのバルーンにリンクを生成する



バルーンの寿命について:バルーンにも寿命がある。ハーバーは受信したバルーンが寿命に達していると、次のハーバーに送出せずに、バルーンを消滅させる。この寿命は、最初に発信者がメッセージの内容に応じて設定できるようになっている

――こうした“場”をネット上につくることは、今まではなかったのでしょうか?

中村「私は、プロバイダーのBBS管理に携わった経験があったんです。例えば“女性専用会議室”とか“囲碁の会議室”とか、利用者の入り口を主催者側が決めてつくっていくわけですよ。どんどん細分化したカテゴリーをつくっていって、最終的に600以上の会議室を立ち上げました。でも結局、毎日誰かがアクセスして生きているBBSというのは、半分にも満たない。3ヵ月サイクルくらいで栄枯盛衰があるんですよね。それで、新しいカテゴリーをつくりつつ、利用されていない会議室をつぶしていくという、人為的な虚しいデータ管理を、主催側でしなくてはなりませんでした。“スピーチバルーン”では、そういう作業をコンピューターのシステムに委ねてしまう。盛り上がっているところは実際に視覚的にも光って見え、人気のない領域は勝手に衰退していくという、ある意味では容赦のない世界をつくり上げていければと考えているんです」(後編に続く)

中村氏。「無意味な言葉同士がぶつかることによって、新しい要素が生まれたり、出会いがある。原始的だけど、1つバルーンを送るといっぱいつながってくる、っていうところが、誰にとっても楽しいと思う。バルーンがつながっていくところを、早く実際に見たいな」
中村氏。「無意味な言葉同士がぶつかることによって、新しい要素が生まれたり、出会いがある。原始的だけど、1つバルーンを送るといっぱいつながってくる、っていうところが、誰にとっても楽しいと思う。バルーンがつながっていくところを、早く実際に見たいな」

(船木万里/編集部 井上猛雄)


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