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色、画像、音など、言語以外の要素でのマッチング。あいまいさと意外性のコラボレーションを楽しむ--“スピーチバルーン”の魅力を探る(後編)

2000年05月15日 00時00分更新

文● 船木万里/編集部 井上猛雄

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スピーチバルーンは、運営者などのサービス提供者やサーバーに依存せずに、自然発生的にコニミュニティーを形成してしまう、あたかも1つの生命体のような分散協調型のシステムである。漫画中の人物の口から出た言葉を示す風船形の輪郭“吹き出し”を意味する“バルーン”が、ネットワーク上で気球のように浮遊し、相関の強いメッセージ同士が結び付いて、互いにリンクを張っていく。バルーンが成長すると、チャットやメーリングリストなど、あらかじめ設定してあったサービス(アプリケーション)が自動的に起動し、コミュニケーションできるようになる。

“ボトルメール”と“エージェント”が混ざったような、“偶然性の中の必然性”と“必然性の中の偶然性”を併せ持つ“スピーチバルーン”。この柔軟で新しいコンセプトは、ネットワーク社会やコミュニティーが成立する過程そのものの本質を見抜いているように思われる。バルーンはそのメッセージ情報として言語を伝えられるが、これ以外にもさまざまなサービスに応用できる。後半では、安斎利洋氏と中村理恵子氏が考える“スピーチバルーン”の方向性について訊く。

スピーチバルーンとは、漫画の吹き出しを意味する。中村氏の描いたコンセプトイメージから
スピーチバルーンとは、漫画の吹き出しを意味する。中村氏の描いたコンセプトイメージから



スピーチバルーンシステムのプラットフォームとなるハーバーネットワークのマップ。144個のハーバーがつながっている。ここをバルーンが回遊する
スピーチバルーンシステムのプラットフォームとなるハーバーネットワークのマップ。144個のハーバーがつながっている。ここをバルーンが回遊する

サイバー空間に独り言を飛ばして引っかかる意外な話題を楽しむ

--スピーチバルーンはバーチャルシティーのようなものとは違うのですか?

安斎「例えば、自分がアイコンとなって、3DCGで描かれた街を歩く、という仮想空間では、バーチャルではあるけれど一応、設定された空間が元々あって、“距離”も存在する。“スピーチバルーン”でやりたいのは、論理的必然によって新たに空間を生み出すということなんです。いろんな人のバルーンがつながり合い、さまざまなコミュニケーションが生まれていくのは、たまたま似たような言葉を飛ばした、という偶然性と、語彙(ごい)検索の論理性によるもの。あいまいで嘘も混じっていたりするような、無責任な状態の中で、話が盛り上がって大きな空間が生まれたり、自然に消えていったり、そういう面白さを楽しめるものにしたい」

中村「サイバー空間だからこそできる、コミュニティーの面白さを遊んでやりたい、という感じかな。バーチャルシティーなんかだと、自分がここにいるという存在証明が必要になったりして、窮屈な感じがしてきちゃう。“スピーチバルーン”は、きちんとした検索とか、出会いとか、何か役に立つものをつくってよりよい環境を提供する、ということではないんですよ。それよりも、みんなで無責任なメッセージをどんどん風船にしてサイバー空間に飛ばして、何が引っかかってくるかなー、と面白がる、遊び感覚ですね」

中村氏。「若い子たちとバルーンで遊びたい。だから、常時接続のインターネットだけじゃなく、ケータイでも使えるようになれればいいな、と思います」
中村氏。「若い子たちとバルーンで遊びたい。だから、常時接続のインターネットだけじゃなく、ケータイでも使えるようになれればいいな、と思います」


中村氏が描いた初期のコンセプトイメージ中村氏が描いた初期のコンセプトイメージ


--バルーンの内容として、具体的にどういうものを考えているのですか?

中村「最初、夜に見た“夢”なんてどうかなと思っていたんです。というのは、'96年にネット上で“夢鍋”という企画をやったことがありまして。いろんな人に夢の話を投稿してもらって、その中で共通する単語を勝手にリンクさせちゃう。全然関係のない夢を、単語を追ってバラバラ読んでいくと、無作為で編集されていない、だからこそエネルギーのある“作品”ができあがって、それがとても面白かったんです。偶然性からできあがった1本の夢に絵をつけたり、夢の内容を表わすような写真を撮ってみたり、アーティストたちの参加による多面的なアプローチもできて、どんどん広がっていった」

「地球の裏側でも同じ主旨の企画“dream pot”というページをやっている人がいて、お互いの夢を交換してみよう、なんていう話もでてきたりして……。ただね、夢っていうのはかなり長文になってしまうんですよ。あまり気軽に書いて飛ばせるものではないな、ってことで、“独り言”みたいなものを考えています」

安斎「自分が発したものが、ネットの空間でエキスパンドしていくのがとても面白いと思うんです。“昼に食べたカツ丼はうまかった”とか(笑)、そういうくだらない言葉を飛ばしてみても、全然関係のない誰かの“カツ丼”という言葉がマッチングして広がっていったり、そこから全く違う話題が広がっていったり、みたいな意外性、偶然性を楽しめるものにしたい」

安斎氏。「無責任な噂とか、嘘っぱちが文学の原点だと思う。混沌とした中で、全然関係のなさそうな言葉が結びつくという、意外性を味わえる空間をつくりたい」安斎氏。「無責任な噂とか、嘘っぱちが文学の原点だと思う。混沌とした中で、全然関係のなさそうな言葉が結びつくという、意外性を味わえる空間をつくりたい」



言語的な表現だけでなく、色などの非言語的表現にも対応するバルーン

安斎「今は“言葉”の検索で遊ぶことを考えていますが、将来的には色とか画像、音など、いろんな要素でのマッチングができれば、もっと世界が広がっていくでしょうね*。リズムはこれ、メロディはあれ、少しずつ分担して音楽を構成するとか、ネット上でのコラボレーションができるかも知れません。また、スピーチバルーンの世界を舞台に、フィクションともノンフィクションともつかないような読者参加型のストーリーをつくっていく、という試みも面白いかなと思うんです。とにかく、誰かが決めたテーマに集まっていく、という中央集権的なものではなくて、偶発的にコミュニティーが生まれ、マージしていくという形を具現化したいんです」


*バルーンの属性について:バルーンはXMLベースの言語で記述されている。生成場所のハーバーの参照値、作成者のメールアドレス、クラスターサイズの閾値(しきいち)、閾値を超えると起動するアプリケーションなどを記述した属性情報、メッセージ本体、キーワードなどの情報を持っている。さらに将来的に大きな可能性があると考えられるのは、XMLベースの記述なので、言語以外にもメッセージとして非言語情報などに拡張できる点にある。たとえば色の類似度をRGB空間上の距離で評価すれば、色というイメージの相関関係から新しいコミュニティーが生まれる。さらにもっと言えば、イメージの対象は音でも映像でもよい。近い将来、音や映像のバルーンが自律的にリンクを張ってコミュニティーをつくっていくことも夢ではない

斉藤*「もともと、人間のコミュニティーってそういうものだったと思うんです。中心はどこにもなくて、局所的なコミュニティーがゆるやかに繋がっていく社会。これまでの近代化社会では合理性を求めるため、中央のコントロールに従う状態が続いていた。でもようやく、ネット上ではローカリティーをいい意味で実現できるようになってきたんじゃないかなあ。とりあえず、あいまいでちょっといい加減でも、とにかく動き続ける、生きたコミュニティーをつくれる、そういうものにしていきたいですね」


斉藤隆之氏。DVLでスピーチバルーンのシステムを開発。現在、(株)情報数理研究所において、分散協調ネットワーク技術を開発中

中央集権的コミュニティーではない、新しいコミュニティーを目指して

中村「具体的なアイデアとしては、まず“独り言”の内容に応じてバルーンの形を変えてみたい。商業ベースも視野に入れて“アドバルーン”はこの形、“食べ物に関する話題”はしゃもじの形、なんていうのが分かりやすくていいかも。それから、自分の好きな形のバルーンをつくって、プラグインとして取り入れられるようにするとか。プログラムに詳しいオタッキーな人たちにも楽しんでもらえるような、拡張性のあるソフトにしたいと考えてます」

「これまでの中央集権的コミュニティーは、お上に任せておけばいいわけだから楽といえば楽だった。1人ひとりが独立しながらも緩やかにつながるという新しいコミュニティーは、自立性が求められる分、入っていきにくいところもありますよね。“ここに参加したら何か楽しいこと、オトクなことがある”という魅力づくりも大切だと思うので、いろんな楽しい仕掛けを考えていきたいと思います。とにかく、正確な情報を得るとか、現実にどう役に立つ、というんじゃなくて、新しいコミュニティーの形を、早くみんなで楽しみたいと思っています」



安斎氏と中村氏。「全体としては機能しているんだけど、確かにあった情報が次には検索できなくなっていたり、見つからなくなったり、そういう曖昧な世界を、最初は命がけじゃないところから(笑)、始めていきたい」(安斎氏)

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