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【連載コラム メディア呑氣堂】第15回本日の出物――浴衣の生活 其の一


2000年8月22日
筆文字日記の原文。買い物メモや計算までいちいち筆とは面倒也。一緒にスキャンしたのは手巻煙草の葉が入っていたパッケージ。日本ではよほどの趣味人しか愛好しないものと思えるが、ヨーロッパでは現役。高校出たてのような若いコがくるくると鮮やかに葉を紙で巻き一服するのを何度も見た

【前回までのあらすじ】

アスキー24ビルヂング内で暇な古美術商を営む呑氣堂店主は、夏休みの自由研究としてとある計画を思い立つ。

「一週間、浴衣や着物を着て百年前の生活をやってみたらどうかしら? クーラーとか冷蔵庫とかテレビとか、便利そうな電気製品は絶対使わないの。日が暮れたらロウソクの灯で生活するのよ。素敵!」――“百年前の生活”とはいうが、時代考証も何もあったものではない。くそ暑いさなかにエアコンも扇風機も使わず団扇(うちわ)ひとつで耐えているのは立派だが、平気で冷房のきいたファミレスへ出かけるし、コンビニで缶ビールを買うといういいかげんなゴッコ遊びのようなもの。とはいえ遊びの中にも何らかの発見があるやもしれず、以下に彼女の日記抜粋および解説文を2回にわたって紹介する。実験場所は人口10万規模の地方都市にある呑氣堂店主自宅(3LDKマンション、同居人は出張中)。実験条件は以下のようなものであった。

●使用不可品目……家庭電化製品一般、電燈、時計、石鹸洗剤類(歯磨き粉、シャンプー含む)、シャワー、化粧品香水類、コンタクトレンズ、市販の煙草、ライター、筆記具(鉛筆、ペン類)、自動車、自転車、洋靴など。

●使用可品目……上下水道、カセットコンロ一台(都市ガスは不可)、ロウソク、マッチ、手巻煙草、クーラーバッグ、買ってきた氷、メガネ、団扇、扇子、筆記具(毛筆、墨、硯)、下駄など。

※電話は受信のみ可。ネットは2日に1回のみ接続可。その際にはフル充電した携帯パソコンを使用し、電池が切れたらそれ以上使ってはいけない。メールチェック以外にパソコンを使うことは不可。

暇人ほど時間を気にする

八月十二日 土曜日 晴天

世間では盆休のはじまり、我は本日より百年前の生活。

起きると成る程これが明六ツかという薄明。

早速浴衣着用。麦茶をわかす。

(中略)

まだ八時にもならぬらし。が、日向は燃え、蝉が五月蝿い。

“明六ツ”、“暮六ツ”というのは辞書には“今の午前・午後6時頃”などと載っているが、これは実は春分秋分の頃にしかあてはまらない。明治5年までの暦法では“太陽中心が地平線の下7度21分40秒にある時”のことで、具体的には薄明の中、掌の筋がぼんやり見える程度の明るさの時刻をいう。電燈などなくロウソクですら大変な贅沢品で御殿や遊郭ぐらいでしか使われず、庶民は燭光よりも暗い行灯しか使えなかった時代。太陽光を最大限有効に使うために時間の刻み方が季節によって変動する=不定時法が採用されていたのである。

つまりこの時期なら日の出が午前5時15分頃なので、明六ツは午前4時台ということになる……と、こういった蘊蓄(うんちく)は「江戸時代の庶民は、近代合理主義に縛られストレス過多の現代人よりも、ずっと呑気に楽しく自然とともに暮らしていました」式の“江戸ブーム”本にいっぱい書かれているので資料には事欠かない。が、今は江戸時代と違ってお寺やお城の鐘の音が適宜時を知らせてくれるということがないのでたちまち時間が分からなくなる。家中の時計はすべて文字盤が見えないように伏せてあるし、ビデオデッキの液晶時計などは黒ガムテで隠してしまった。どうするか?

よくしたもので(?)表通りの商店会が時報を鳴らしてくれるのだ。午前9時から午後8時まで、毎正時に街灯にとりつけたスピーカーからディズニーミュージックかなんかをカリヨン式のチャイムで自動的に鳴らす。悪趣味、うるさい! と今までは大嫌いだったのが、この一週間は大変に役立った。「朝から3度目の時報だから、きっと11時」などと時刻を推測するのである。それにしても特に何の用事も約束もなく、毎日のんべんだらりと暮らしているだけなのに、なぜこれほど時間が気になるのか? 暇で暇で仕方ないから、逆に時間を気にするのかもしれない。

和服を着るといふこと

着物でやっかいなのは、やはりいちいちじゅばんに襟を縫いつけねばならんところだろう。浴衣が一枚しかないので合い物の着物用じゅばんに襟つけをしておく。つけ終ったら、じゅばんをたたんでしまわねばならないが、これにいちいちマニュアルが要る。着物は好きだが決して慣れ親しんでいるわけではないので、じゅばん一つたたむにも解説本(『着つけと帯結び』講談社刊)とくびっぴきである。つくろいものの途中でようやっと時報が鳴る。早起きすると一日が長いわい。(中略)

十時のはずである。帯を絞めて出かけることにする。着崩れを直して又もマニュアル参照しつつ帯結び。簡単な蝶結びも一度では出来ず、二度目で完了。日傘がわりの雨傘をさして出かける。傘をさすだけでかなり暑さが和らぐので助かったが早速鼻緒ずれができた。(8月12日の日記より)

起きぬけに浴室の電気を誤ってつけてしまう。腰紐のあたる辺がむずがゆくてたまらない。発作的にTVをつけたくなることが時々。これらのことは、鼻緒ずれと同じで慣れの問題也。

昨日より蒸し暑いせいもあろうが、今朝の気分がすぐれぬのは、やはり浴衣生活に体が抵抗しているのだろう。夜は肩だの脚だのが凝ってよく眠れなかった。寝がえりのたびにじゅばんの縫い目がぷちっと破れる音がする。今日はまずそのつくろいから始めねば。(中略)

昼間は暑いから出歩かないでおこう、ということも、台風九号の接近で、そうとも言っておれない。ぎらぎら照っているかと思うと、さーっと雲が覆う。ぐずぐずしていると降ってくるかも。浴衣着直し、帯絞めて出かける。驚いたことに今日は3分とかからず一発できちんと蝶結びできた。慣れやなぁ。どうせなら、もっと複雑で粋な結び方も、この機会に練習すれば出来るようになるかも〜と思うが、クーラーなしでそんなチャレンジをすると大汗かくのは目に見えているのでやめておく。祖母は何十回と、解いては結びをくり返して練習したというが――。(8月13日の日記より)

それにしてもこの暑さに一枚きりの浴衣と長じゅばんをとっかけひっかえ着替えて生活というのはやはり苦痛だなぁ。(中略)百年前の日本人にとって和服が洋服よりらくで快適だったというのは当然だ。当時の洋装はコルセットで体をしめつけ、かたいカラーやカフスをしっかりつけなくちゃいけなかったのだから。そんなものより浴衣がラクなのは当然だし、今ならTシャツと短パンがラクなのは、これまた当然――(8月15日の日記より)

この一週間は昼は浴衣、夜は長じゅばんを着て生活した。汗まみれになった浴衣は毎日浴槽で水洗いして夜の間に干しておくのである。帯をきちんと結ぶのは外出の時だけで、家にいる時は腰紐1本でとめておくいたってだらしない着方。これは浮世絵なんかによく描かれている(襟元をはだけて乳丸出しといった)長屋の女房式の着付けを見習ったのである。これなら少々暑くても大丈夫。若奥様の訪問着みたいな現代式のきちーんとした着付けをしていたらとてもじゃないが耐えられない。むしろ常時和服を着ていることよりもコンタクトレンズの使用を禁止したことの方が苦痛であった。暑い日にメガネというのは実に鬱陶しいものだ。

袖だの裾だのがヒラヒラした和装をしていると、必然的に動作が緩慢になる。ドアノブ(こんなものは昔の日本家屋にはない)に袖をひっかけてビリっとやらないようにゆっくり動く。キビキビとスピーディな動きなど和服には似合わないのだ(洗い物や掃除の時にはタスキをかける)。することといったら筆を墨にひたしてダラダラ長い日記を書きつけるか、そこらにある本を手当たり次第に読むことだけ。物憂い蝉の声を聞いていると、うとうと睡魔が襲ってくる。昼寝――呑気生活もここに極まれり! 不便で面倒で暇だけど、誰にも会わず一人ぼっちで遠出も出来ないけど、まるでリゾートのような生活。そう、私は(かなりインチキだけど)百年前に旅したリゾート客なのだ。

呑気生活はまだまだつづく……。

(Text by Yuko Nexus6)


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