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【連載コラム メディア呑氣堂】第16回 本日の出物――浴衣の生活 其の二 


2000年8月30日
日記原文とポラロイドで撮ったベランダの写真。浴衣を干しているところ

起きると浴衣を着、麦茶を沸かして簡単な保存食の朝食。硯で墨をすって日記を書きはじめる。読書に飽きると外出。ファミレスや喫茶でクーラーとこってりした食事を楽しむ。ここでの娯楽は備えつけの新聞を読むこと。帰りにスーパーかコンビニによってビールと保存してある食料を冷やすため、氷を2袋ぐらい買う。そんな判で押したような生活が続く。汗をかいて帰宅した後は行水こそが何よりの楽しみ……のはずだったが……。

英国式(?)水風呂地獄

さて、水風呂につかってゆっくり読書、と思うが、採光の悪い風呂場の水は、プールのようにはいかず三十分もつかっていると三、四時間もプールではしゃいだ小学生のように体がひえきってしまう。たまったもんじゃないので、体と頭をあらいにかかるが頭皮の脂はせめてお湯を使わないと、とてもとれないな……仕方ない、明日にしよう。ああ、歩いて行ける距離に銭湯さえあればなぁ。(8月13日の日記より)

風呂に入ることにする。昨日で水風呂には懲りたので、いちいちやかんに一杯湯をわかし、それを湯舟の中においたたらいにあけること三回。この湯を水でうめながら頭、顔をあらい、体にかける。うーん気持ちいい!百年前のイギリス人の風呂という感じだな。腹の汗疹は巻いたタオルのせいで、よけいにひどくなっていた。行水おわってからタイガーバームをぬっておく。時報鳴る。八時かな? いや九時だろう――爪を切って、ややリフレッシュ。どうせ暇なんだもの。一日に何度も風呂に入ったっていいじゃないか!(8月14日の日記より)

“イギリス人の風呂”というのは、彼の国に行かれたことのある人ならおわかりのようにシャワーがなくて風呂桶だけのバスルームが一般的であることによる。欧米の安宿にはバスタブなくてシャワーだけの風呂場が多いが、その逆。石鹸をつけて体を洗ったあと、どうやって流すのか謎なのだが、林望氏の著作によれば「英国人は石鹸を洗い流さずにバスタオルでそのまま拭いてしまう」のだそうである。

それはさておき「真夏にクーラーがなくたって、水風呂につかってれば涼しくて快適! 何時間でも水につかってのんびり本でも読めば暇がつぶれるわ」と思っていた私は大甘だった。そのかわり入浴後はベランダで体を温めながらかちわり氷で冷やしたビールを呑む、という“夕涼み”を毎日楽しんではいたのだが。

夜の静けさ、闇の魔法

それにしても夜は静かだ。お二階さんは駐車場に車がないことから、どうやら旅行か帰省中らしいし、お隣さんも10時過ぎには静かになってしまう。戸のあけたてひとつにも気がねするようなこの静寂は、本当に私の家かしら? いままで午前二時だろうが三時だろうが遠慮なく風呂に入ったりドアをドタバタ開閉していたのはすげー迷惑だったかも。どうやらTVやステレオの音が間断なく鳴っているから気がつかなかったようだ(これも大迷惑)。

しごく当然なことに気がついた。外から子供の声が響いてくるのは、そこに子供がいるからで、秋虫の声がするのもそこに虫がいるから。ガラスのふれあう音がするのは、今私がガラスのコップをふれあわせたから、という因果律がある。が、TVやステレオから流れる音はそういう因果から無関係だ。ステレオのスピーカーに固定されて、何が起きても、起らなくても、音が流れ続ける。(8月15日の日記より)

スピーカーから流れる音のない生活は実に静かである。何だか当り前のことをさも大発見のように書いているので笑えるが、日没後ロウソクのたよりない灯をつけていると、幻想とも妄想ともつかない考えが次から次へと湧いてくるものだ。

昨夜寝たのは、もう十一時頃であったろうか? 酒をすごしつつ『図書館警察』を読んでいたが、Sキングの小説でひと晩たった六十数頁というのはあり得ない。だいたい一晩か二晩でぐいぐい読んでしまうものが、そうはならない――結局、一冊の本が長持ちする――のは、やはり燭光のせいだろう。ろうそくの灯は、本を読むには暗すぎるのだ。楽に読もうとすると、燭台にかなり近づかねばならない。ところがそこには火が燃えているので当然あつい。この問題の解決についてちょいと思いついた事があるので、本日実行せん。

又、ろうそくの火には知らず知らず目がひきよせられる。すると催眠効果のようなもので、とりとめもない考えが次から次へうち寄せる。結果、読書は進まない、という事だ。(8月13日の日記より)

何を一体「実行せん」なのかというと小さな屏風のようなものを作ろうと思ったのである。薄い木の板(カラーボックスの仕切り板のようなもの)があったので、これにカッターで切れ目を入れてぱきっと2つ折りにする。これを燭台の後ろにたてるとあら不思議。ロウソクの光が倍ほども明るくなるのだ。要は反射板の効果。屏風というのはすき間風を遮るぐらいしか用のない、単に装飾的なインテリア家具だと思っていたのだが、こんな立派な用途があったとは! これは掛け値なしに発見であった。

夜の楽しみは月見をしながらの飲酒、燭光の下の読書、ぼんやり考え事にふけること……。暗闇と時折吹いてくる涼風を楽しみながら思い出したのは、昔インドネシアの離島に旅した時のことだ。離島といってもダイバーや観光客が盛んに訪れる島。数年前から観光客向けのコテージでは24時間電気もシャワー(水だけだが)も使えるようになった。そのかわり島には医者も警察もなく、そのせいか「キノコあるよ」の看板があちこちに出ている。交通手段はチドモと呼ばれる驢馬の馬車だ。これに乗って夕暮れ時に島をひと回りするのが観光の目玉でもある。島のはずれ、林の中をチドモが鈴を鳴らして駆けていく。農家だろうか、小さな小屋にこれまた小さな小さなアルコールランプがただ一つ灯っているのが見える。迫りくる暗闇の中で、そのランプの灯は実に心細そうだけど、とても親密な温かいものに見えた。あの灯の下で子供たちは昔話を聞いたりするのかしら?

2000年の日本に生きていると、地球上のどこにでもインターネットごしにアクセスできて世界は一様にスピードを増していくように思いこんでしまうことがある。だけど今この時に、ちっちゃなアルコールランプひとつの夜もあるのだ。それは一方が進んでいて一方が遅れてるということじゃなくどちらも20世紀末の地球に同じように存在しているということ。それが何だかとてもホっとすることのように思えたのだ。

汗びっしょりなので風呂に入ることにするが、もういちいち湯を沸かしたりしない。水風呂で十分。浴衣も洗わない。明日クリーニングに出してしまえばいいからだ。寝て起きたら、クーラーをがんがんにかけて、たまりにたまった仕事を片づけるのだ。

『北溟』(内田百間)読了後、午後七時就寝。

これは最終日(8月18日)の日記である。この後、夜中に目が覚めた。伏せておいた時計をひっくり返してみると、もう12時をまわっている。やれやれやっと「電気のない一週間が終った」とばかりに部屋の灯をつける……と、夜の魔法は一瞬で蛍光燈に追い払われ、余韻も何もかも消し飛んでしまった。

あとには何も残らなかった。

※日記の全文はhttp://www.geocities.co.jp/HeartLand/4367/yukata.htmlにあります。

(Text by Yuko Nexus6)


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