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【連載コラム Yuko Nexus6のメディア呑氣堂】最終回 本日の出物――アウトサイダー建築・西洋編


2000年10月27日

【連載コラム Yuko Nexus6のメディア呑氣堂】最終回 本日の出物――アウトサイダー建築・西洋編

シュヴァルの理想宮(LE PALAIS IDEAL DU FACTEUR CHEVAL)・東のファサードでひときわ目立つ三巨人像。それぞれカエサル、ヴェルサンジェトリクス、アルキメデスを表わしている

ロンドンから来た友人が、我が家の猫を見て言いました。

「かわいそうね〜〜〜」

違うよ。こういう場合、日本語では「かわいい」って言うの、と正したのですが、彼は「かわいそうね〜」をくり返します。どうやらわざと間違えてるらしい。そして彼の“誤り”が、実にうまい日本語表現に聞こえてきました。猫のようなもの――愛らしいと同時にはかないような情けないような、ささやかな美――は「かわいい」と「かわいそう」のちょうど中間ぐらいの言葉で表わしたくなるということ。

本日は前回に引き続き、そんな「かわいい/かわいそう」な素人建築の話をご披露いたしましょう。

郵便配達夫シュヴァルの理想宮

フランス第二の都市、リヨン近郊にオートリーヴという小さな村があります。100年ほど前、そこにシュヴァルさんという郵便配達夫がおりました。当時、村の郵便配達は毎日30数キロの道のりを歩いて配達する大変なものでしたが、無口で偏屈なところのあるシュヴァルおじさんには似合いの仕事でした。独りぼっちで重い郵袋をかつぎ野山を歩き続けるうち、彼の頭の中にいろいろな空想がぽかりぽかりと花開いたものです。

ある日配達の途中、シュヴァルおじさんは大きな石にけつまずきます。とても奇妙な形をした石で、いっぺんに気に入ってしまいました。と同時にその石が、シュヴァルさんのもやもやとした空想にはっきりとした形を与えたのです。

「こんな石をたくさん集めて、理想の宮殿を建ててやろう」

その日からシュヴァルおじさんは配達の仕事を終えた夜も、昼間のうちに見つけておいた石を拾いに歩きまわるようになりました。最初はポケットにつめこんで、お次はずだ袋に、最後には手押し車いっぱいに。そして自宅の庭でセメントや漆喰を練り、石を積み上げて理想の宮殿を建て始めたのです。たった独りで誰にも手伝ってもらわずに。

村の人々は噂しました。

「あの郵便配達、とうとうおかしくなったぞ」

「変なモノを建ててやがる。気味が悪い」

完成まで33年。シュヴァルじいさんと呼ばれる歳になり、配達の仕事を退職した後は全てを理想宮建築に捧げ尽くした彼の願いは、宮殿の地下室に愛する家族ともども葬られることでした。しかしこの願いは村からきっぱりと拒絶されます。仕方なしにシュヴァルじいさんは、村はずれの墓所に一族の墓を作りました。これには7年かかりました。墓の完成後ほどなく亡くなり、今は家族とともに自作のお墓に眠っていらっしゃいます。

最初にこんな奇妙な話を読んだのは澁澤龍彦か寺山修司のエッセイでもありましたでしょうか。以前、世田谷美術館で『アウトサイダーアート展』が開かれた折、精細な模型が展示されていましたがやはり模型ではピンときません。ずうっと気になっていたこの理想宮を、この夏やっと訪れることが出来ました。リヨンからレンタカーを駆り、柔らかに起伏する田舎道を約1時間。小さな可愛らしい村、オートリーヴに到着しました。

実体化した夢に潜り込む

「ぱっと見た印象は思ったより小さいな、ということでしかなかったが、やはり見て回るとともにディティールに惹きつけられていく。ガウディにとてもよく似ているが、それはヘンリー・ダーガーの絵がきいちのぬり絵に似ているのと同じことで、何かに似てるかどうかはもはや問題ではない。あちこちから覗ける楽しさ。デッサンの狂った動物たち。見飽きない――」

(8月4日の日記より)

建築の心得のないずぶの素人が独力で建てたにしては、ずばぬけた規模を持つ理想宮も、大きさとしてはプチブル屋敷ぐらいのもの。が、これは住宅ではありません。長方形のプラン。東と西に長いファサードをもち、いくつかの階段から空中庭園に昇ってみることもできます。そして建物の全てをおびただしい石とセメントの彫刻が彩っているのです。石造りの泉から飛び立つ鳩、巨人、うねくる蛇。伸び縮みするパースペクティブ。ひとつの装飾から次へと目を移していくうち細部にとらわれ、いくらでも時間がたっていきます。

動物だけでなく世界各地の有名な建造物のミニチュアが各所にはめ込まれているのも特徴。スイスのシャレー、ヒンズー寺院、ホワイトハウスetc...。「え?これが?」と思っちゃうような誤解に満ちた模倣。いや、これは模倣なのかな? 聖書の場面にしろモスクにしろ、シュヴァルじいさんが「こうだ」と思えば、世界は自由に形を変える。壁面や塔のてっぺんにちっちゃなお寺が妙にきちんと建っている。建物の中の建物。入れ子細工の不思議。夢の中では知人の顔や自分の町が、簡単にまったくの別物と入れ代わってしまう。理想宮はシュヴァルの夢が煮凝って出来た塚のようでもあります。

理想宮が空想化をほどこされた多彩な模倣と引用に満ちているひとつの理由として、彼が日々配達していた絵ハガキが影響したのだと言われています。19世紀末の絵ハガキは新奇な世界のありさまを伝えるニューメディア。南洋の楽園、エキゾチックな東洋を描いた絵ハガキから、シュヴァルはイメージを膨らませていったのでしょう。私が第一印象として“ガウディのマネ”と思ったのも、元ネタが同じだったということではないでしょうか。同時代人だったアントニオ・ガウディからシュヴァルが直接影響を受けたというのではなく“地中海の風土を建築デザインの核としたガウディ”と“地中海の風景を絵ハガキで見たシュヴァル”。理想宮のあちこちにはシュロやヤシの木、アロエ、サボテンなど南国風の植物がにょきにょき生えています(もちろんこれも石)。絵ハガキの3Dコラージュ、世紀末人にとっての世界像の集積

理想宮の一階内部は薄暗い回廊になっていて、ここも様々な浮き彫りや石造りのシャンデリアで装飾されています。蝋燭の灯だけでこんな洞窟に入っていたらどんな夢が浮かび上がるのか、怖いような楽しいような。回廊の一角に、虹色に輝く美しい貝をはめ込んだコーナーがありました。シュヴァルは石だけでなく、貝殻もたくさん装飾に使っています。内陸の村ですから貝を集めるのは大変だったでしょう。それもこんなにすべすべと美しい貝殻を。

「なんだかわからないけど、ここのところはシュヴァルじいさんにとって、すごく大切な場所なんだよ。だからとっておきの貝殻を大事に大事に使って飾ったんだよ」  

そう思ったとたん、不覚にも涙が込み上げてしまいました。

オリジナリティってなに?

偏屈じじいシュヴァルを冷たくあしらった村人たちは、その後どうなったでしょう?いまやオートリーヴは“シュヴァルの村”として毎日観光客で賑わっています(笑)。理想宮建築中から「あそこにヘンな建物があるらしいぜ」ってんでけっこう見物人が来てたらしい。シュヴァルの死後、シュールレアリストのアンドレ・ブルトンが絶賛したことでさらに有名になり、'64年には有志のはたらきかけ+時の文化担当大臣アンドレ・マルローの鶴の一声で国の重要建造物に指定。手厚い修復工事が施され、風化による倒潰の危機を免れました。名声を得たシュヴァルじいさんは草葉の陰でさぞ満足……かどうかはわかりませんが、とにかくそういうことです。

帰りにミュージアムショップ(写真集やシュヴァルグッズなどのお土産がいっぱい!)で解説書を探しました。フランス語のカタログはなかなかよく出来ているようでしたが悲しいことに読めません。英語で書かれたものを買ったのですが、これにはガッカリ。理想宮がいかに様々な芸術と関連し、影響を受けているかということだけが綿々と書かれているのです。原始美術、アフリカンアート、素朴派の芸術etc.etc.。いや、そういう考察も大切だけど、なんでシュヴァルじいさんの夢そのものを味わえないの? ブルトンが絶賛したとか、すでに権威に認められた芸術作品といかに理想宮が似ているか、そんなことばっか書くわけ!? “正統な芸術”との関連でしか、素人の作品は認められないの? これって、マイナーなCDが「△△系○○派の新しい才能」とかあおり文句つけただけでバカスカ売れるのとおんなじじゃん!

かように憤慨して帰ってまいったわけですが、すでに日本でも素晴らしいシュヴァル研究本が出ていたとは灯台もと暗し。『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』(岡谷公二著)がおすすめです。これは最近ヘンリー・ダーガーの図録『ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で』(ジョン・マクレガー著)を出した作品社からの刊行。ダーガーも素人画家として“ヴィヴィアン・ガールズ”という少女たちの一大叙事詩を描いた人ですが、生前にある程度評価を受けていたシュヴァルとは違い、死後膨大な作品が偶然発見されたというアウトサイダーアートの真髄的人物。アメリカンコミックや子供服の広告から少女像をトレースし、想像力のおもむくままに変容し(裸のヴィヴィアン・ガールズにはペニスがついている!)コラージュした作品が残されています。ダーガーの画集を眺めていると、シュヴァルの建築を見た時のように「模倣って何?オリジナリティとは?」という疑問符が脳内にぷかぷか浮かび出す。既存のイメージからサンプリングされた断片は、その組み合わせが新鮮であれば十分にオリジナリティがある……という今様の考え方をはるかに越えて

「そもそもオリジナリティを珍重する考え方自体が近代の発明品にすぎないのではないか?」  

と思われてくるのです。デジタル技術の進展でそこらへんがますます複雑になっている現在、シュヴァルもダーガーも様々な問を私たちに投げかけます。

さて、長々とおつきあい頂きました当呑氣堂も、ここいらでいったん店じまい。いずれまた電子網のどこかで新装開店することもございましょう。それまでしばしのおわかれ。どなたさまもごきげんよろしう。

店主敬白

Yuko Nexus6プロフィール

ライター&Mac音楽家。滋賀県彦根市在住。'95年に翔泳社から出版された著作『サイバーキッチンミュージック』(絶版)は、Macintoshを使った"カンタン音楽制作"のバイブルとして一部で有名。'99年にはヲノサトル・プロデュースによるCD『NEKO-SAN KILL! KILL!』(KACA0085)をカエルカフェからリリース。Web絵本『かえるさんレイクサイド』ではイラストを担当……など、おとぼけ路線の活動を主体に地方都市でのんびり暮らしている。 http://www02.so-net.ne.jp/~nexus6/index.html

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(Text by Yuko Nexus6)


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