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ナムコ、創立50周年を1000人以上がお祝いに集結


2004年6月2日

事業内容はイタトマから日活映画まで。ゲームだけの会社に在らずを誇示

創立50周年記念パーティー

もはや、ナムコと言えばパックマン、ナムコと言えばナンジャタウン、ナムコと言えばゲーセン……なんて時代じゃないようだ。(株)ナムコは1日、都内で同社の創立50周年を祝したパーティーを開催した。その会場に溢れんばかりに集まった来賓は、ゲーム業界のみに留まらずバラエティーに富んだ顔ぶれ。まさに、ゲーム業界のみならず、政財界から芸能文化人まで一堂に会す、といった様相であった。



元ニッポンの首相・森喜郎氏
ナムコの名物人間といったら、昭和元年生まれの中村雅哉会長なのだが、その友人代表として祝辞を述べたのは、元ニッポンの首相・森 喜郎氏。かつてITを“イット”と発音され、失笑を買った経歴をお持ちだが、今回の祝辞では、「私もITに関しては、いろいろ担当させていただきましたが……」と、ちゃんとITは“アイティー”と発音されていた
花束を贈呈する歌手のマリーンさんと司会を担当した俳優の岡田真澄氏
花束贈呈には、歌手のマリーンさんが登場。中央の中村会長とは、かつてナムコのテーマパークでコンサートをやって以来の縁だそうだ。左側にいるのは、司会を担当した俳優の岡田真澄氏
日活の看板俳優・小林 旭氏
今年12月に上映予定の日活(株)の話題の映画“レディ・ジョーカー”の紹介も行なわれた。主演の渡 哲也氏は祝辞が届いたのみだったが、出演者の一人加藤晴彦氏や日活の看板俳優・小林 旭氏(写真)が駆けつけた
ユニ・チャーム(株)の会長の高原慶一朗氏と、ナムコ社長の高木九四郎氏
中締めでは、ユニ・チャーム(株)の会長の高原慶一朗氏と、ナムコ社長の高木九四郎氏が三三七拍子
久夛良木 健氏
中村光一氏
来場者代表の1人してスピーチしたのは、(株)ソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役社長兼グループCEOであり、ソニー(株)副社長でもある、久夛良木 健氏(写真左)。「プレイステーションの出荷台数がこのほど1億台に達することができたのは、ゲーム機と同時発売で(ナムコの)リッジレーサーが出たお蔭」と褒め称えていた。アーケードゲームの基板を共同開発していたり、確かに関係は並々ではない両社ではある。電報は、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長や任天堂(株)の山内溥氏などの文面も発表されたものの、壇上に上がったゲーム関係者は、なんとこの久夛良木氏のみだったのも印象的だった。来賓にはコナミ(株)の上月景正CEOや(株)セガの小口久雄社長に(株)チュンソフトの中村光一社長(写真右)等々、どこを見ても社長、社長、社長という感じ

驚くような発表は1つもなかったけれど

海外ナムコ3社
欧州、アメリカ、香港、中国と海外展開にも力を注いでいるナムコだが、今回のパーティーには海外パートナーを代表して、ナムコ・ヨーロッパと同アメリカ、そして上海ナムコ公司の3社が紹介された。海外ではまだまだ、コンシューマー用ゲームよりも、アーケードゲームのナムコのイメージが強いようだ

最近のナムコは、2003年度は10円増配――4〜12月期連結純利益66億円と、かつて業績不振でその存続さえ憂慮されたのはいつの事やらと思わせるほどの好調ぶり。近年やや停滞気味のゲーム市場にあって、PS2用の新作『塊魂(かたまりだましい)』が10万本に迫る勢いを見せ、昨年は『太鼓の達人』シリーズが4作累計200万本を達成したほか、ベストセラーの“鉄拳シリーズ”はついに、パチンコ用キャラに採用されるまでに至っている。ゲーム制作については、(株)モノリスソフトや分社した(株)ナムコ・テイルズスタジオがそれぞれ元気で、当然アーケード系も高いシェアを誇っている。さらに、今回のパーティーの顔ぶれが示唆しているように、同社の事業内容は想像以上に多岐にわたっている。しかも、そのいずれもが“躍進中”というからスゴイ。

テーマパークの餃子スタジアムは昨年7月に入場者数218万人突破し、フードテーマパークは餃子(大阪)、ラーメン(北海道、青森、大阪、福岡)、ケーキ類(東京)、カレー(横浜)等々、次々増殖中で、いずれも千客万来状態だという。純粋な飲食業としては、レストランのイタリアントマトが今年度上場準備中だそうである。

海外でもゲームセンターやさまざまなテーマパークを展開中で、中国の関連法人である上海ナムコ有限公司などは、2008年の北京五輪や2010年の万博開催に向けて現在12ヵ所あるアミューズメント施設を倍々にしていくと意気軒昂。映画の日活(株)は、今年は撮影所創業50周年を迎え、記念イベントが目白押しだそうである。

ここまではまだ聞いたことがある話だろう、驚くのはこれからで、ナムコの会社案内には北海道にはなんと湯の川観光ホテル、生ごみ処理機など環境関連製品の開発・販売を行なう(株)ナムコ・エコロテックやビル管理の(株)ミルなんてラインアップされていたりするのであった。



それでも会社のテーマは“遊び”――始まりは木馬からだった

ナムコの第一歩を飾った、木馬
ナムコの第一歩を飾った、木馬。なんと、この木馬は現在も群馬県前橋市の中央児童遊園“前橋るなぱあく”内で現役稼動中なのだ。今回のパーティー用に会場に運ばれ、大人は乗れないものの、関係者に頼むと実際に10円玉を入れて動かしてもらえた
松坂屋デパートで活躍中の木馬の様子
ナムコの歴史ビデオでも、1955年当時の松坂屋デパートで活躍中の木馬の様子が紹介されていた

これからナムコはいったいどうなっていくのだろうか、サトンラCDまで発売されてブレイク中のPS2用ゲーム『塊魂』の紹介すらもされなかったが、ゲーム事業はどうなんだと心配される向きには、ご安心されたい。やはり同社のテーマは“遊び”が基調であることは間違いなさそうだ。宴半ばに紹介された、ナムコの歴史を綴ったビデオが、その歴史はゲームや遊技場用の各種施設であることを物語っていた。

創立当時のナムコ(当時は中村製作所)のロゴ
これが、創立当時のナムコ(当時は中村製作所)のロゴ
ブランドとして“NAMCO”が使用開始
1971年に社名を現在のナムコに変更する前に、ブランドとして“NAMCO”が使用開始されている。ナムコは1974年に米アタリ社よりライセンスを取得したことを皮切りにビデオゲーム機事業に進出し、その後世界的な展開を見せるが、こうした計画はブランドをアルファベットにした当時からすでに目論まれていたようだ

ビデオの冒頭登場した古びた木馬、昔百貨店の屋上などでよく見受けられた、10円玉を入れると前後に振動する子供用の乗り物だ。ナムコは1955年6月1日、(有)中村製作所としてこの木馬を横浜・伊勢崎町の松坂屋デパートの屋上に納品したところからスタートしたのだという。社員が屋上に出向き、訪れた子供たちを自ら抱き上げて木馬に乗せて、遊び方を教えてあげ、親たちと会話を交わすことから、“もてなしの本質”を学んだと中村会長は自ら振り返る。創立時の決算報告書には、この木馬の制作費(すべてをナムコが制作したわけではなく、ありものの木馬にペンキを塗りなおすなどして松坂屋に納めたそうだ)や、「夏は金魚すくいで遊んでいただこう」と用意した金魚が死んでしまって損益分として8987円50銭記録されていたりするそうだ。

オリジナルの業務用ビデオゲーム機第一号、1978年に誕生した『ジービー』
オリジナルの業務用ビデオゲーム機第一号は、1978年に誕生した『ジービー』だった。ダイヤル式コントローラーで2つのパドルを操作し、ブロックを崩していくもの
現在の開発風景
ナムコの歴史ビデオでは、日頃あまり世間に公開されることがない、現在の開発風景もいくつか紹介された。このビデオ、すべて中村会長が自らチェックして、本日晴れて日の目を見たのだという
会場後部に飾られたナムコの年表
パーティーの壇上でゲームのことが語られることは、意外なほど少なかったが、会場後部に飾られたナムコの年表にはゲームの金字塔が多数散りばめられていた
50周年特設プリクラ
宴会場のサイドスペースに設置された、50周年特設プリクラ。中村会長と高木社長を両脇に控えさせ、あなたの写真が撮影できます
50周年特設プリクラのサンプル
やっぱり忘れてはいけないパックマン
そして、もちろん僕だって。ナムコと言えば、時代が変わってもやっぱり忘れてはいけないパックマン

引き出物の数々
来賓に渡された引き出物は、イタリアントマト製のマドレーヌに、やっぱりパックマンの帯を付けた菓子折りと、本皮製の写真立て

(B2B編集部 大槻眞美子)




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