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ハイパーメディアコンソーシアム、第6回 高高度飛行体IT基地研究会を開催――成層圏プラットフォーム実現に向けた気球ロボット研究を報告

2004年11月26日 20時14分更新

文● 編集部 小西利明

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平成15年度の実験で使用された気球ロボット第1号機 気球ロボットの研究について説明する産業技術総合研究所 知能システム研究部門主任研究員 工学博士の恩田昌彦氏
平成15年度の実験で使用された気球ロボット第1号機気球ロボットの研究について説明する産業技術総合研究所 知能システム研究部門主任研究員 工学博士の恩田昌彦氏

ハイパーメディアコンソーシアムは26日、“第6回 高高度飛行体IT基地研究会”を開催した。“気球ロボットの現状とビジネス”とのテーマに基づき、気球ロボットの研究開発を行なっている独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)知能システム研究部門主任研究員 工学博士の恩田昌彦氏により、昨年と今年に行なわれた気球ロボットの実験についての発表が行なわれた。

そもそも高高度飛行体IT基地研究会とは、高度約20km前後の成層圏に飛行機を長時間飛行させて、無線情報通信や高々度観測のプラットフォームに用いるための研究を行なうグループである。高高度飛行体は衛星よりも低高度を飛行するため、通信プラットフォームとしてみた場合、通信電波の出力が低く抑えられるほか遅延も少ない。また地上の携帯電話基地局などに比べて、1プラットフォームでカバーできる範囲も広い。地上観測も衛星より低コスト高解像度で行なえるといった利点がある。しかし高度20kmで長時間(飛行船の場合数ヵ月間も!)滞空し続ける無人飛行機の開発には、新規の技術開発が多数必要で多くの予算が必要とされる。

同種の高高度飛行体研究としては、NASAが軍事用途主体で研究していた“Pathfinder”(パスファインダー、1998年8月6日墜落)や“Helios”(ヘリオス、2003年7月26日墜落)といった太陽電池動力の固定翼機が有名だが、日本での研究は飛行船を使った計画が主である。今回発表が行なわれた気球ロボットの研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトとして、2002年より5年計画で産総研(推進システム、上昇下降システム開発)、(株)エイ・イー・エス(機体開発)、東京大学(飛行運動解析)、(株)ピー・アイ・イー(定点滞空制御技術開発)らに委託された研究である。目的は飛行船による高々度飛行体IT基地を実現するために必要な飛行船開発で、全長30m程度で搭載量3kg以上の実験機を作り、高度15km以上の成層圏に連続6時間以上、半径2km以内に滞空させ続けることを目標としている。計画では5年間で3機の飛行船を制作することになっている。予算は総額で1億5000万円程度。

ちなみに飛行船を使った同様の実験は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空利用技術開発センターでも行なわれている。しかし飛行船の規模や目標とする滞空時間や機体コストなどは大きく異なり、たとえばJAXAのプランは大型の機体(100~250m級)を目標としており、同研究会のプランは小型の機体(60m級)を目標としている。

気球ロボットの開発シナリオ。左側の3機が今回の研究対象で、右の2機はJAXAの計画
気球ロボットの開発シナリオ。左側の3機が今回の研究対象で、右の2機はJAXAの計画

恩田氏による発表では、昨年9月17日に行なわれた第1号機と、今年9月17日に行なわれた第2号機によるつくばでの放球実験(飛行実験)の模様を中心に、豊富な写真を使って解説された。機体は全長25mほどで、ポリエチレンやナイロンなどによる半透明の複合フィルムでできている。総重量は約110kg。尾翼は機体後部に4枚あり、X字型に配置される。

内部に注入される気体は空気とヘリウムで、機体の前方にヘリウムが注入され、残りは空気で満たされる。一般的な飛行船は、最初から機体にヘリウムを充満させるものだが、飛行機よりもはるかに高い高度17~18kmまで上昇する高々度飛行船では、上昇につれて気圧の変化により内部のヘリウムが膨張するので、その方式では破れてしまう。そこでヘリウムと空気を混ざらないように入れておき、高度が上がるにしたがって機体後部にあるバルブから空気を抜き、膨張するヘリウムで機体が満たされる仕組みとなっている

放球に備えて組み立て中の第1号機。人影からその大きさがイメージできる 機体後部に4ヵ所ある空気抜き用バルブ。ここからきちんと空気が抜けないと、上昇中に機体が破裂してしまう
放球に備えて組み立て中の第1号機。人影からその大きさがイメージできる機体後部に4ヵ所ある空気抜き用バルブ。ここからきちんと空気が抜けないと、上昇中に機体が破裂してしまう

軽いヘリウムは地上では機首のほうにだけ存在するので、機体が地上を離れるときはロケットのように機首を上に向けて飛んでいくという、通常の飛行船とはまったく異なる飛び方をするのは驚きだ。風の穏やかな明け方に放球を行なうため、機体をふくらませる最終組み立ては夜を徹して行なわれたそうだ。そのうえ朝方には機体表面に夜露(なんと20kgにもなる)が付き、重量面でハンデとなるだけでなく、機器に水が入らないように保護する対策も必要となる。

ヘリウムが機首に充填されると、このように天を向いて立つ。この姿勢のまま飛んでいく姿は、浮上というより打ち上げで、飛行船とは思えない 建造中の様子。飛行船の建造には巨大な施設が必要で、実験機の大きさも建物のサイズに制限されてしまう。建造中に天井の電灯に接触して、穴が開く事故もあったという
ヘリウムが機首に充填されると、このように天を向いて立つ。この姿勢のまま飛んでいく姿は、浮上というより打ち上げで、飛行船とは思えない建造中の様子。飛行船の建造には巨大な施設が必要で、実験機の大きさも建物のサイズに制限されてしまう。建造中に天井の電灯に接触して、穴が開く事故もあったという
実験機を動かす推進器(スラスター)。機体に取り付けるときは逆さまになる。首を振って移動の向きを変えられる。白い部分はバッテリーやコンピューター、GPS、通信装置などが入る 第2号機に取り付け中のスラスター。下側の黒いものがプロペラで、地上では畳まれているが、浮上すると自然に開く
実験機を動かす推進器(スラスター)。機体に取り付けるときは逆さまになる。首を振って移動の向きを変えられる。白い部分はバッテリーやコンピューター、GPS、通信装置などが入る第2号機に取り付け中のスラスター。下側の黒いものがプロペラで、地上では畳まれているが、浮上すると自然に開く

国際線の長距離旅客機の最高高度が約10km、戦闘機でも限界高度が18km程度という高々度まで飛行船を上げるには、素人には想像もつかない苦労があるようだ。恩田氏の話も、そうした成層圏の環境に対応するための苦労話がたくさんあった。高度17~18kmの気温は-60~70度にもなる。積み込んだ機器は凍結で破損しないよう保護する必要があるし、降りるのもまた一苦労だ。実験機ではなんと、機体のフィルムに穴を開け、ヘリウムガスを放出しながらパラシュートを開いて降下するそうで、その穴を開ける仕組みがまた大変。機体表面に火薬を仕込み、火薬の火花で一定のパターンに焼き切るのだが、-70度の環境では並みの火薬や発火装置では火が付かない。火薬の調合を何年も試したり、十分なサイズの穴が開くように何度も実験したりと、これも普通の飛行船ではありえない苦労であろう。

第1号機の穴開け機構。釣り竿を半分に割ったものに火薬を詰めてフィルムに貼るが、これは防水面でまずかったと恩田氏 改良された第2号機の穴開け機構。アルミホイルでカバーされている
第1号機の穴開け機構。釣り竿を半分に割ったものに火薬を詰めてフィルムに貼るが、これは防水面でまずかったと恩田氏改良された第2号機の穴開け機構。アルミホイルでカバーされている

かくして、過酷な環境への挑戦が続いている気球ロボットの実験だが、目標とする成層圏での滞空は難航し、来年9月をめどにしている次の第3号機まで持ち越しとなっている。第1号機は放球前の作業中に、無線の不具合で降下開始までの時間を設定するタイマーが作動してしまった。浮力も十分ではなかったため、高度5kmまで上がったところで設定された時間が来て、降下を開始してしまったという。飛行時間は50分程度。機械類は回収できなかったが、幸い機体は太平洋上に着水して無事回収された。

残念なのは改良された第2号機で、地上からの制御が整わないうちに上昇を始めてしまい、制御不能のまま漂流してしまった。そしてつくばから延々と千葉のはるか南東海上まで飛行したあげくに、おそらく銚子沖400~700kmの海上に落ちて行方不明になった。地上で受信したデータでは、高度17km近くまで上昇していた記録が残っていたので、きちんと制御できていれば、目標とした高度17kmでの滞空も可能だったかもしれないだけに残念だ。機体が漂流してしまったことで、航空管制当局からも厳しくしかられたようだ。

放球前の第2号機の様子。機体に黒く見える線は、視認性を高めるための赤い線 半透明だった第1号機は視認性の点で問題があるため、第2号機では赤い線が機体に引かれた
放球前の第2号機の様子。機体に黒く見える線は、視認性を高めるための赤い線半透明だった第1号機は視認性の点で問題があるため、第2号機では赤い線が機体に引かれた

年当たりの予算が3000万円程度と、こうした先端科学プロジェクトとしては驚くほどの低予算で行なわれているプロジェクトだが、高々度飛行体の用途は幅広く市場としても有望なだけに、来年の第3号機の実験成功に期待したい。

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