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【TGS2006 Vol.1】PS3に託す“久夛良木氏のビジョン”が披露された基調講演――東京ゲームショウ2006 基調講演レポート


2006年9月22日
講演中の1シーン。基調講演では異業種やユーザーとのオーバーラップの重要性が再三語られた
講演中の1シーン。基調講演では異業種やユーザーとのオーバーラップの重要性が再三語られた

(社)コンピュータエンターテインメント協会(CESA)は22日、千葉県幕張メッセにて“東京ゲームショウ2006”(以下TGS2006)を開催した。会期は24日まで。初日である22日には基調講演が行なわれ、ソニー・コンピュータエンタテインメント(株)代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健(くたらぎ けん)氏により、同社の最新ゲーム機『プレイステーション3』(PS3)を用いたコンピュータライフやゲーム開発の未来についてのビジョンが語られた。

SCEI 代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏
SCEI 代表取締役社長兼グループCEOの久夛良木健氏

久夛良木氏はまずPS3で発売予定のゲームタイトルのプロモーション映像を披露した後、1994年に登場した初代プレイステーション(PS)から12年、ファミリーコンピュータから数えて23年の間に起こった革新を振り返った。「プロセッサーのクロック(周波数)は4桁、計算能力は5桁、メモリーの容量は6桁も向上して、それらにより素晴らしいソフトウェアがどんどん生まれていった」と振り返り、この進化の最新の成果であるPS3と対応ゲームが、まもなく登場することに喜んだ。

非ゲーム産業やWeb 2.0的ユーザー作成コンテンツとの連携による、新しいエンターテイメントの創出

久夛良木氏はゲーム機とパソコンの最も大きな差を、操作に対して迅速に反応できる“リアルタイム性”にあるとした。そして巨大なOSを動かすためにリアルタイム性が損なわれてきた現代のパソコンと異なる方向性を持つゲーム機がコンピューター産業の世界に出会うことで、大きなブレイクスルーが起ころうとしていると述べた。そのブレイクスルーの例として、目の前のコンピューターのリソースを使う時代から、ネットワークの向こうにあるサーバーやストレージを使う環境が浸透していることを挙げた。

ネットワークとコンピューターがリンクした時代の注目すべきソフトとして久夛良木は、具体的なソフト名は口にしなかったものの、米グーグル社の“Google Earth”を取り上げた。Google Earthのような立体景観情報ソフトの面白さに触れたうえで、衛星画像だけでなく官公庁や建築設計会社が持つ建物の立体データをサーバー側に置いて、そこにユーザーがアクセスできるようになれば「すごいことが起きる」と述べ、リアルな地形や建築物データをたとえばレースゲームの地形開発に取り込むという可能性を示した。

さらに久夛良木氏は地形データとリンクした立体景観ソフトの発展系として、“グローバルマップシステム”というソフトウェアのコンセプトを提示した。サーバー側が持つ立体景観情報ソフトの地形データに、PS3のユーザーが自分の周囲の環境をデータ化してアップロードしていくことで、草の根的に地形データが拡大していく。それはけして夢物語ではなく、そこにPS3のリアルタイム性の快適さが加わることで、“どこでもドア”のようなソフトウェアが実現すると述べた。

PS2用『グランツーリスモ4』の制作風景の1コマ。開発スタッフが機材を世界各地に持ち込み、地形やコースのデータを集めた。久夛良木氏はこのプロセスにゲーム業界外やユーザー作成コンテンツを融合させるアイデアを示した
PS2用『グランツーリスモ4』の制作風景の1コマ。開発スタッフが機材を世界各地に持ち込み、地形やコースのデータを集めた。久夛良木氏はこのプロセスにゲーム業界外やユーザー作成コンテンツを融合させるアイデアを示した

PS3のパワーとネットワーク機能が、ゲーム産業以外の産業とオーバーラップすることでの発展の可能性を示す例えとして久夛良木氏は、同社の看板タイトル“グランツーリスモ”(GT)シリーズの例を挙げた。一般的なレースゲームでは、車や地形のデータはゲーム開発者がひとつひとつ作成する。しかしGTの場合は自動車会社からCADデータの提供を受けることで、開発の手間とコストの縮小を実現できたという。さらにオーバーラップの予想しなかった効果として、逆にGT側のデザイナーが実際の車のパーツやアクセサリーを設計するといったことも起きたと述べ、企業やユーザーといった“異業種”との提携や挑戦を続けたいとした。

ネットワークのもたらす双方向性の例として、久夛良木氏はユーザーとクリエイターをPS3で結びつけるというアイデアも披露した。久夛良木氏は現在のゲーム市場が、売れる物と売れない物に二極分化していて、チャレンジなコンテンツに手が伸びない状況にあると懸念を示し、クリエイターだけでなくユーザー側もまた、チャレンジの不足した受け身の姿勢は問題であるとした。この懸念を踏まえたうえで、埋没したクリエイターとユーザーをPS3で結びつけるという。

また別の例では、開発中のゲームのデータが蓄積されるサーバーに、ユーザーがPS3経由でアクセスできる環境を用意することで、開発状況をユーザーが自分で体験できるようにしたり、ユーザーが作ったコンテンツをアップロードするといったアイデアも披露された。久夛良木氏は講演中、再三こうした“ユーザーメイドコンテンツ”のゲーム開発への活用に言及しており、職人的なゲーム開発者のクリエイティビティーに、ユーザーによる“集団知”が融合することで、「今までにないものがたくさん生まれてくる、その可能性に期待している」と語った。

ネットの向こうのCellと分散コンピューティング

久夛良木氏が大きなビジョンとして掲げた“Cell構想”では、ネットワークで結ばれたCellベースコンピューターによる分散コンピューティングが重要な要素となっている。講演ではCellプロセッサーのエンターテイメント以外の応用例についても語られた。その1例が、米スタンフォード大学が運営する分散コンピューティングプロジェクト“Folding@Home”だ。

PS3での参加も可能になる分散コンピューティングによるタンパク質解析プロジェクト“Folding@Home”
PS3での参加も可能になる分散コンピューティングによるタンパク質解析プロジェクト“Folding@Home”

同プロジェクトは、アルツハイマー病やパーキンソン病、癌などに関係するタンパク質の解析を、パソコンにインストールする分散コンピューティングクライアントソフトを利用して計算しようというプロジェクトで、PS3も対応クライアントとして同プロジェクトに参加する。久夛良木氏はPS3はパソコンの1桁上の処理スピードがあるので、賛同したPS3ユーザーの一部でも参加することで、「人類が手にしたことのない計算パワーが生まれる。それを使って医療などビッグサイエンスを加速させることで、人類全体への大きな助けになる」と述べた。

PS3の実現する世界を示す?謎のタイトル“AFRIKA”の映像が披露された
PS3の実現する世界を示す?謎のタイトル“AFRIKA”の映像が披露された

講演の締めくくりに久夛良木氏は、「今までの10年間に起こったことよりも、これからの10年間に起こることの方が、はるかにダイナミックで刺激的になる」と語り、これからのエンターテイメントの進化の一端を感じさせる映像として、“AFRIKA”と題された映像を披露した。PS3のパワーでアフリカの世界と野生動物たちの姿を再現したCG映像は、TVの自然科学系ドキュメンタリーも顔負けというリアルさであった。しかしこれがいったいどのようなタイトルなのか(そもそもゲームなのか)はまったく語られなかった。素晴らしい映像に圧倒された反面、これがどうようにエンターテイメントの進化を実例として表現しようとしているのかについては、分からないままであった。



象の群が草原を行く。象の腹の波打つ様子まで表現されている
象の群れが草原を行く。象の腹の波打つ様子まで表現されている
草原を埋め尽くすヌーの群れ。PS3のパワーがどのように生かされるのだろうか
草原を埋め尽くすヌーの群れ。PS3のパワーがどのように生かされるのだろうか

久夛良木ビジョンは聴衆に共有されたか?

講演終了後、ためらうような間をおいてからなり出した拍手が、講演に対する聴衆の戸惑いを表わしているように感じられた。講演で語られたのは、エンターテイメントの世界に留まった話ではなく、より広いコンピューティングの世界全般に関わるビジョンの話題であった。久夛良木氏は従来より、コンピューターによるエンターテイメントを皮切りに、高速ネットワークと強力なプロセッサーパワーを組み合わせることで、今までとは違ったパラダイムのコンピューティングの世界を実現しようというビジョンを持っていて、折に触れてそのビジョンを語ってきた。そのビジョンを実現すべく積み重ねた試みがPSプラットフォームであることを思えば、“久夛良木氏のビジョンがPS3ではいかにして具現化されるのか”が語られたこの講演は、「なるほど、こういうアプローチを考えているのか」と理解できる。

また久夛良木氏やSCEの幹部はPS3について、“単なるゲーム機ではなくコンピューターである”と再三主張してきた。2006年5月に発表されたPS3の価格が、大方の予想より高価だったことに対する批判的意見に対しても、ゲーム機の枠に留まらないハードウェアの能力を備え、それを活用するユーセージの展開が可能であると反論してきた。今回の講演もこうした主張や従来からのビジョンを踏まえたものである。

しかし今回の講演で、聴衆がそのビジョンに共感、共有できただろうか? PS3を買い、ビジョンを体現する環境を手にしてみたいと思わせられただろうか? 具体例の提示が乏しかったという理由もあっただろうが、正直に言って、聴衆の理解と共感を十分得られたとは言い難いのではないか。「もっと具体的なゲームや販促の話を聞きたかった」というのが、聴衆の本音ではなかろうか。講演後の質問コーナーにて、PS3 20GBモデルへのHDMI出力端子の搭載と希望小売価格の4万9980円への値下げで、大きなサプライズをもたらしたものの、それによって逆に講演が提示したビジョンが忘れられてしまったような感さえあった。ためらいがちな拍手と狐につままれたような聴衆の表情が、久夛良木氏のビジョンを消費者に共有してもらうことの難しさを物語っていたように思えてならない。

(編集部 小西利明)


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