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“無線LAN”でインターネットに自由を


2002年7月10日

無線LANを使ってみんなが加入しているブロードバンド回線を共有し、自由に使ってしまおう――そんな運動がいま、世界中で燎原の火のように広がっている。日本でもこのムーブメントの胎動は、ひそかに生まれつつあるようだ。東京都内でこうした“ワイヤレス勝手連”ともいえるグループを運営する会社員、AさんがASCII24編集部の取材に応じた。

見ず知らずの人々がわが家の無線LANを使う

Aさんの生活スタイルが変わったのは、自宅マンションの向かいに小さな児童遊園があったのがきっかけだった。自宅に8MbpsのADSLを引いたのは昨年春。半年後にIEEE 802.11bの無線LANを導入し、1万数千円で購入したアクセスポイントを2階の窓際に置いた。わずか数mしか離れていない児童遊園のベンチで、ネットを利用しようと思ったからだ。2日後の日曜日、ベンチでノートパソコンを開き、ストリーミングで映画予告編を見ていると、散歩中らしい初老の男性が話しかけてきた。
「PHSですか? それにしてはずいぶん速い」

Aさんは微笑みながら「無線LANですよ」と答え、自宅の回線経由でアクセスしていることを説明した。男性は「わたしもやってみよう」と目を輝かせ、数日後にはさっそくアクセスポイントと無線LANカードを買ってきた。男性は空調機メーカーを退職したばかりのBさん。自宅は、Aさんの家から児童遊園を挟んだ真向かいのマンションの3階だった。2人がアクセスポイントを設置したことで、児童遊園の中ならどこでも無線LANに接続できるようになった。

やがてAさんとBさんの二人が中心となり、近所の人たちが中心となったグループが自然発生的に生まれてくる。日曜日にはBさんの自宅にメンバーが集まり、ビールやワインを飲みながらパソコン談義に花を咲かせるときもある。近くの小さな居酒屋の店主も仲間に加わり、居酒屋は夜な夜な“インターネット居酒屋”に変身。メンバーがパソコンを持って酒を飲みに来るようになった。さらに、居酒屋から口コミで話が広がったのだろうか。児童遊園周辺では昼間、若者や会社員など見ず知らずの人がAさんたちの回線を使い、インターネットに接続する姿が見られるようになった。

Aさんは「せっかく8Mbpsの高速回線を引いているのに、太い帯域を有効活用できていない。使いたい人が使いたいときに利用すればいい。素朴な発想で始めた」と話す。もっとも、Aさんたちは自分たちの活動が世間に知られることにはかなり神経質だ。この取材も匿名が条件だった。「加入しているADSLのプロバイダに知られたら、問題になる可能性もある。回線を自由に使えなくなるような事態は避けたい」という。

プロバイダーvsワイヤレス勝手連 終わりなき戦い

実はこうした“ワイヤレス勝手連”は、米国が先進地域だ。「フリーネット」「フリーワイヤレスネットワーク」などと呼ばれ、ニューヨークや西海岸の都市部を中心に、急激な勢いで参加者を増やしつつあるのだ。CATVインターネットやADSLなどを導入しているユーザーが、無線LANのアクセスポイントを自宅の窓などに設置し、不特定多数の人たちにアクセス回線を無料で提供する――既成のルールを破壊し、もともと有料だったものにあらたな利用形態を持ち込んだという意味で、NapstarやWinMXなどのファイル共有になぞらえる専門家もいるほどだ。

たとえばニューヨークを拠点に活動するグループ、NYCWirelessはマンハッタンを中心にユーザーが増え、常時50以上のアクセスポイントが稼働。802.11bの無線LANの到達範囲は100m程度だから、カバーするエリアは相当な広さになる。またサンフランシスコのBAWUGやヒューストンのHoustonWirelessなど全米各地の同様のグループ、さらにフランスやチェコスロバキアなど世界各地の十数の“ワイヤレス勝手連”が集まり、FREENETWORKS.ORGという連合体も作っている。

NYCWirelessが公表しているニューヨークの無線LANアクセスポイントマップ
NYCWirelessが公表しているニューヨークの無線LANアクセスポイントマップ

しかしその一方で、Aさんが危惧するように、こうした運動に対して米国のプロバイダーは危機意識を強め、対決姿勢をあらわにしつつある。今年7月1日付のニューヨークタイムス紙によると、米国最大のプロバイダーであるAOLタイムワーナーのCATV部門、タイムワーナー・ケーブルはフリーネットに参加している会員に対して6月末、「会員規約に反した行為だ」と記した警告の手紙を送りつけたという。

タイムワーナー・ケーブルは、会員がアクセス回線を第三者に対して再利用させることを会員規約で禁じている。フリーネットはこの会員規約に違反している、というわけだ。警告の手紙が送りつけられたのはわずか十数通程度だったとされ、大きな影響は考えられない。だがタイムワーナー側にしてみれば、このムーブメントが今後も拡大していけば、無視できないほどに“勝手な利用者”が増えていくのではないかという危惧がある。放置すれば収益のベースを揺るがしかねない、というわけだ。

日本はプロバイダーに制限がないところも

では、日本ではどうか。
NTTコミュニケーションズやNTTドコモ、JR東日本などさまざまな企業が無線LANのホットスポットサービスを提供し始めている。だが冒頭のAさんのケースのように、ユーザー主体での“勝手連”運動はまだ萌芽の状態だ。

しかしそうした運動が巻き起こる条件は、すでに整っている。
実は驚くべきことに、日本のプロバイダの中には、タイムワーナー・ケーブルのような「アクセス回線の第三者利用の禁止」は定めていないところが少なくないのだ。つまり、ユーザーが引いたADSL回線を、誰に又貸ししようが契約上は何の問題もないプロバイダーもあるという意味だ。フレッツ・ADSLとイー・アクセスのADSL接続サービスを提供しているODNは、「会員規約にそうした規定はない。回線をどう利用するかどうかは、イー・アクセスとNTT東日本側の問題であって、契約上は当社はタッチしない」と説明(日本テレコム広報)。イー・アクセスは「基本的にはNTT回線に名義を登録している人に課金する、というのを定めているだけで、これを他の人が使ってどうかということは約款には記載していない。現時点ではそうした利用形態は考えにくいと思うので」と静観の姿勢だ。一方、最大手プロバイダーの@niftyは、会員規約で「会員は、自己の個人認証情報および個人認証を条件とするサービスを利用する権利を、他者に使用させず、他者と共有あるいは他者に許諾しないものとします」と定め、第三者利用を禁じている。

これに対し、NTT東日本は“ワイヤレス勝手連”運動にとんでもなく積極的だ。同社広報室はASCII24編集部の取材に対し、「第三者の利用を禁じるとか、そういうことはまったくない。そうした利用について問題はないと考えている。そうした使い方が広まって、それでフレッツユーザーが増えていけば、私たちは大歓迎です」とコメントしている。FTTHのBフレッツは接続台数の上限をガイドラインとして定めているが、フレッツ・ADSLに関してはそうした制限もなく、会員規約上も第三者利用はまったく問題がないという。

802.11bはたとえばWEPの暗号に脆弱性が指摘されているなど、不特定多数の人間で使い回すことには問題がある。だがNTT東日本のMフレッツや米オーガニック・ネットワークス(Organic Networks)社のサービス“Joltage Networks”のように、こうしたセキュリティー上の問題を回避する仕組みを持つサービスも登場しつつある。米国で始まった新たなムーブメント。無線LANで自由なインターネットを手に入れようというこの運動は、果たして日本でも広まるだろうか。

(編集部 佐々木俊尚)


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