ASCII24 / インサイドストーリー
掲示板荒らしに対処するのは“まごころ”で
2002年7月29日
「おまえら、裏では悪いことやってんだろ!」と男性は怒鳴った
テーブルの上で電話が鳴る。驚いたように受話器を取る男性。電話線の向こうから、脳天気なまでに明るい男の声が飛び込んでくる。
「初めまして。インターネットのOKWebのコミュニティをやってるカネモトといいます」
「えっ。何の用?」
「あの、実はお客さまのログインを停止させていただこうかと思ってまして。それでその前にちょっとお話をさせていただこうと思って電話しました」
「ログイン停止はないだろ……。で、話って何なの」
「まず、なんで私たちがこういうことをやっているかっていう話をさせてください」
「ふーん?」
「これまでに何度か、お客さまとうちのサポートとの間でメールをやりとりさせていただきましたよね。その中で、うちが顧客データをどこかに売ってビジネスにしているんじゃないかというご指摘がありました」
「だってやってんだろ? じゃなきゃこんなコミュニティが成立するわけがない」
「そういうことはいっさいやってません、ってことをまずご理解いただきたいなと思っているんです。ひょっとしたら将来は、商売のためにやらなきゃいけない時がくるかもしれません。でも、今はいっさいないんです」
「じゃあ何のために、インターネットでこんなコミュニティをやってんだよ」
「それを説明させてください。まず最初に、ぼくはまじめに世界平和のことを考えておるんですよ……」
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オーケイウェブの兼元謙任社長 |
“教えて”“答える”の頭文字から名付けられたインターネットの掲示板、OKWeb。(株)オーケイウェブが運営するこのコミュニティーの規模は、月間1500万ページビュー、月間書き込み数8万件、会員数10万人。パソコンから学問、ビジネス、趣味、日常生活まで数百のジャンルに分かれ、さまざまな質問とそれに対する回答を軸にし、独特の掲示板システムを作り上げている。そして規模が大きくなれば、当然のごとくノイズや“荒らし”も等比級数的に増えてくる。“荒らし”というのはご存じのように、他の参加者や運営者への攻撃や誹謗中傷、差別的な発言などを書き込み、掲示板を荒らす行為のことだ。何が問題で、何が解決策かをやりとりするOKWebのような掲示板は、普通の掲示板にくらべれば荒れることは少ない。管理はしやすく、質のよい情報を維持できるメリットがある。しかしそうした中でも、自己主張をするユーザーは少数ながら存在する。それはネットコミュニティーのある種の宿命のようなものかもしれない。
では、そんな“荒らし”な人たちに、掲示板コミュニティーはどう対処するか。OKWebではなんと、代表者がいきなり電話をかけてしまうのだ。時に応じては、電話をかけたうえに「会いませんか?」と持ちかけるときもあるという。バーチャルな空間に慣れきっていたネットの住人たちは、突然のリアル世界の闖入にとまどい、うろたえる。
「それで、OKWebとお客さまの間でこういうことになってしまったのは、もちろんぼくらの不手際もあると思うんです。コミュニティに参加しているすべてのかたが気持ちよくやりとりをしていただけるようにしたいんだけど、今回、こんないやな気持ちにさせてしまったのは、ものすごく申し訳なく思ってるんです」
「申し訳ないと思ってるんだったら、なんでログイン停止なんかするんだ? だいたいおまえんとこはなあ、そんなことやっててホントに世の中が変わると思ってるんか?」
「ええ、ホントに思ってます。信じてください」
「そう思ってるんやったら、なんでオレみたいなOKWebのことを愛してる人間のログインを停止するんだ。もっとひどい書き込みしてるヤツはいっぱいいるだろ。なんでそいつらは野放しにしておいて、オレにばかり目をつける? アンフェアじゃないか」
「お客さまがOKWebを愛していただいているのは、ほんまによくわかります。うれしくてたまらないです。ぼくらも、そういうコミュニティを一緒に作っていきたいと思ってるんです」
もちろん電話をかけるまでには、いくつかのセーフティーネットが張られている。完全匿名ではないOKWebは、メールアドレスと名前、住所、電話番号を使ったごく簡単な個人認証を採っている。新規登録時にこれらの情報を入力してもらい、会員登録通知を郵送する。届かなければ、偽の情報としてIDが削除される仕組みだ。さらに、オーケイウェブではボランティアと社員が共同して膨大な数の書き込みを人力でひたすらチェック。不適切な書き込みは随時削除している。しかしそれでもやめない参加者もいる。サポートからのメールにも、攻撃的な反論メールを返してくる。
そういった行為が続くと、兼元謙任(かねもと・かねとう)社長の電話の出番がやってくる。2000年1月に掲示板をスタートして、電話で話したのはこれまでに8人。ひとりが女性で、残りは全員男性。いちばん長い電話は、4時間だった。
兼元社長は言う。「掲示板の書き込みもメールもきつい口調で、実際に電話したもやっぱりメチャメチャきつい人だった、というのはひとりだけ。あとは皆さん、掲示板やメールでの戦闘的な雰囲気とはだいぶ違って、やさしい感じの人が多かった。でもやっぱり非常に論理的というか、自分の名前を名乗ってでも論理的な誤りを指摘したいと思っている人たち。ぼくらがいちばん痛いと思っているところを、痛烈な批判とちゃんとした論法で突いてくる。単純な乱暴者ではなく、知的でものごとがよくわかっている人たちだった」
「どうしてわざわざ電話を?」と聞いてみると、兼元社長は笑顔で言った。「そりゃあもちろん、まごころです。こころがあれば、必ず気持ちは通じると信じています」。あくまで真摯なのだ。
「おれはなあ、寂しいんだよ。掲示板はみんな冷たいんだ」
「だいたいおまえら、オレが主義主張で書き込んだことは削除するくせに、他のヤツが同じようなことを書いても削除しなかったり、全然統一されてないやないか」
「それは、公序良俗に反するものは削除させていただいてるんです。でも統一されてないとおっしゃられると、確かにそういうこともあるかもしれません」
「そうだろ? いいかげんなんだよ」
「ごめんなさい。でも、ぼくらにも微妙なところはよくわからんのです。きちんと定まっていないのは申し訳ないとしかいいようがないです」
「ゴメンですんだら警察はいらん!」
「でもね、ぼくらは人に悪くなってもらおうと思って運営しているわけじゃないんです。それだけはわかってください。疑問や悩みがあって困った人に助かってもらいたい。その基本だけは外していないつもりです。でもどの人が困っていて、どの人が助かることになるかは分かれる部分があるかもしれません。そのことは真剣に考えていきますので、がんばります」
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毎月1500万のページビューと8万件の書き込みがあるOkWeb |
この人は、不思議な経歴の持ち主だ。
もともとは工業デザイナー。名古屋で生まれ育ち、芸大を出て、20歳代のころはデザイナー同士の組織づくりに奔走していた。「渡り鳥だって、仲間が集まるからそれぞれが楽に飛べる。おれたちも仲間を作ってみんなで本当のデザインを考えよう。これは世の中を変えるかもしれない! 世界平和だ!」と本気で思っていたという。そして東京と京都、名古屋で活動するデザイナー約50人を集め、研究会を作った。だが途中、仲間に「そんなグループ作ったって、得するのは兼元だけじゃん」と言われてしまい、研究会は崩壊。おまけに放ったらかしにしていた妻から離婚届を突きつけられ、さらにあるパソコン量販店からオファーのあった米国行きの話もつぶれ、トリプルショックで引きこもり状態に陥った。
妻には「世界平和より家庭平和がだいじやったなあ」と必死で謝り、離婚は思いとどまらせた。だが、仕事はない。量販店の社長が以前「よかったら東京に来ないか」と言っていたのを思い出し、妻を名古屋に残してひとり東京に旅立つ。荷物は、借金をして買ったノートパソコン1台を入れた小さなバッグだけ。30歳になったばかりの秋だった。
東京の量販店に顔を出してみると、「えっ? 本当に来たの?」と驚かれ、ショックを受ける。「そんな、何か仕事を用意してくれると言ってたのに……」と内心思った。社長は「じゃあウェブのデザインでもやってもらおうかなあ。できるよね?」と聞く。ウェブデザインの経験は皆無だが、できないとは答えられない。HTMLの書き方は友人に聞いて、あとは自分のデザイナーセンスでごまかした。とはいえ、収入は少なく、仕事はなかなかうまくいかない。宿泊するカネがないどころか、1日に自由になるカネは400円だけ。毎日、コンビニの弁当を買うか銭湯に入るかを迷う日々。空腹に耐えかねた日は弁当を買い、明日プレゼンテーションという日は、風呂に入る。泊めてもらうあても尽き、年末には東京駅近くの工事現場のドラム缶の中に新聞紙を敷いて寝た。サントリー・レッドの瓶を呷っていると、なんだか泣けてきた。
仕事が軌道に乗り出したのは、半年近く経ってからのことだった。そんなころにパソコン通信のフォーラムに参加し、質問をしてみたら、「いきなり挨拶もなしに、なんて無礼なヤツだ」とさんざん罵倒されてしまう。そのささやかな体験が、OKWebという質問と回答に純化した掲示板の発想に結びついた。HTMLのコンサルテーションの仕事をしながら、1999年に妻を社長にしてオーケイウェブの前身の会社を設立。そして2000年1月にはOKWebを立ち上げる。最初はどこにも相手にされず、「家族にもアホウ扱いだった」そうだが、次第に注目されようになる。インプレスや楽天、サイバーエージェントなどからの出資を受け、現在はOKWebから生まれたナレッジマネジメントシステムを販売するビジネスが成功を収めつつある。
「ネットの世界では、専門家の知識よりも素人の経験知のほうが信頼されることがある」と兼元社長は言う。「判断基準があいまいというよりも、きっちりとデータベース化できないようなさまざまな知識というものがある。そういう知を介在させて、国境や人種の壁を超えたところで話が通じるものがあるんじゃないかと思ってるんです。地球規模の知識ベースがここに誕生しようとしているのではないかと。世界知識資産、ってぼくは呼んでるんですが。『おまえ、世界とか言ってるけど日本語サービスだけやん』って罵倒されるんですが、まあそこはおいおいやらせていただきますということで」
世界平和から始まり、“まごころ”を経由して世界知識資産まで。この人の話は、最初から最後まで本当に真摯で、そして希有壮大なのであった。
「そうか……。オレはそれが言ってほしかったんだよ。結局、おまえらもわかってないんだろ? わかってないんだったら偉そうに四の五の言わないで、『わたしたちもわかってません』ってOKWebのメニューに書けよ」
「いや、そういうわけにもいかないと思うんです。でも真剣にがんばっていきますので、見ててください」
「オレはなあ、寂しいんだよ。インターネットのほかの掲示板もずいぶん渡り歩いたけどな、みんな冷たかった。おまえんとこの掲示板は暖かかったから」
「ありがとうございます」
「でもログイン停止にされたらつまらんしなあ……。他に行ってもつまらんし、何とかログイン停止はやめてもらえないか?」
「でもね、お客さまとのこれまでのやりとりを見てると、どうでしょう? ぼくらの作ろうとしてるこういう世界にお客さまのようなかたが入られたらどうなると思います?」
「まあそうだなあ。そうかもしれんなあ」
「理解してほしいです」
「そうだな、わかった。まあがんばれよ」
(編集部 佐々木俊尚)
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