ASCII24 / インサイドストーリー
携帯メールでも脳が壊れる? 拡大する“ゲーム脳”汚染
2002年9月3日
“ゲーム脳”という言葉が最近、マスコミやIT業界で話題をさらっている。テレビゲームを頻繁に続けると脳波が著しく低下し、高齢者の痴呆症と同じ波形を示すようになる――という問題だ。脳神経学者の森昭雄・日本大教授が発見し、『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)という本に著したことから、一躍注目を集めるようになった。
しかし実はもっと恐るべき問題が、森教授の最新の研究から明らかになろうとしている。それは、携帯メールやパソコン利用による脳波の低下という衝撃の事実だ。
森教授は今年に入り、国内の高校生約100人の脳波測定を実施。この結果、携帯電話のメール機能を頻繁に利用している高校生の脳波が一様に低下し、ゲーム脳と同じような症状をみせていることが発覚した。森教授は同様の調査を今後、パソコン利用者などにも行なっていく予定で、問題の拡大が明らかになっていけば、社会的に与える影響ははかり知れない。
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ビジュアル脳タイプとゲーム脳タイプのα波、β波を測定した結果。ゲーム脳タイプの脳波の低下が著しいことがわかる |
ゲーム脳って何?
森教授のこれまでの研究を、簡単にまとめておこう。
ゲーム脳というのは、森教授の造語。もともと高齢者の痴呆症患者の脳波を研究していた森教授は、α波とβ波を簡単に測定できる機器をメーカーと共同で開発した。α波は脳がリラックスしているときに現われ、β波は脳が活発に活動しているときに出現するといわれる脳波だ。この計測機器を開発する際、メーカーのソフトウェア開発者8人の脳波を試験的に測ったところ、全員が痴呆症患者と同じような脳波を示した。この不思議な経験が、森教授をゲーム脳研究に向かわせるきっかけとなった。
研究では、4歳から20代後半まで約300人に協力してもらい、テレビゲームをしているときの脳波を測った。この結果、脳波が4つのタイプに分けられることがわかった。
- まったくテレビゲームをしたことがなく、テレビゲームを始めても脳波に変化がない“ノーマル脳人間タイプ”。
- テレビゲームはしていないが、毎日テレビやビデオを1〜2時間見る“ビジュアル脳人間タイプ”。ゲームを始めると一時的に脳波は若干落ちるが、やめればすぐに元に戻る。
- テレビゲームを週に2〜3回、1回1〜3時間している“半ゲーム脳人間タイプ”。テレビゲームを始める前も終わった後も、β波がα波のレベルにまで落ちている。
- テレビゲームを週4〜6回、1回2〜7時間している“ゲーム脳人間タイプ”。ゲームをしていないときにも脳は働かず、数値が測れないほど脳波が低下している。
森教授によると、最後の“ゲーム脳人間タイプ”の若者の多くは「記憶力が非常に乏しく、キレやすい。たとえば私が調べたある青年は小学生のころから毎日7時間ゲームをやってきたが、約束はほぼ100%忘れる。アルバイトもゲームセンターで、就職はゲーム関連の会社を受けたが、すべて落ちてしまった。いまは音信不通」という。また、『ゲーム脳の恐怖』出版後に出演した札幌のテレビ番組では、「1歳半からテレビゲームをやっていて止まらない」という8歳の男児の親からの相談があった。この男児は親戚の子供の見よう見まねでゲームを始めるようになり、今ではほぼ毎日テレビゲームに熱中。負けるとコントローラーを放り投げてキレるという。口から泡を吹きながらゲームをしていることもあるといい、親がてんかんを心配して病院に連れて行った。だが検査では明確な診断は出ていない。
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脳を上から見て活動量を測ったところ。アクションゲームではまったく活性化されないが、お手玉運動では脳波が活発に現われている |
ゲームが脳の機能を低下させるのは、次のような仕組みだ。
通常、目から入った情報は視床を経て、後頭部にある視覚野という部分に伝わる。ここから思考などを司る前頭部の前頭前野に情報が伝わり、次の動作などを考えながら意志決定を行ない、命令が運動野に伝えられる。運動野からの情報が脊髄を通って手足の筋肉などを収縮させる。
ところが、ゲーム脳タイプの人になると、視覚野に入ってきた情報は前頭前野に伝わらず、直接運動野に伝えられるようになる。「敵が現われたとき、いちいち考えずにすぐに手がコントローラーを操作する」という状態だ。シューティングゲームなどをやり込んだことのある人なら、誰でも経験しているだろう。しかしこの状態が長く続くと、前頭前野が使われなくなり、活動はどんどん低下する。使われなくなるから当然、思考能力は落ちてβ波も消滅していくというわけだ。また前頭前野は思考を司るのと同時に、動物的な激情を抑え、人間的な理性をコントロールするする役割も持っている。前頭前野が働かなくなれば、人間は激情型になる。
脳波に新たな光があてられ、子供たちのキレる原因がわかってきた
振り返れば1990年代以降、キレる子供たちの少年犯罪は増加の一途をたどってきた。メディアや食生活の影響などさまざまな原因が推測されてきたが、脳神経学的な側面から「なぜ子供たちがキレるようになったのか」はいまだ解明されていなかった。今回の森教授の脳波研究で、その一端が明らかになるかもしれない。
そもそも、これまでこうした研究が行なわれていなかったのは、「脳波測定が古い研究方法だった」(森教授)からだ。最近の脳神経科学は、ファンクショナルMRI(機能型核磁気共鳴診断装置)の断層写真などで脳の働きを分析するなど、ハイテク装置を駆使した研究が主流。脳波はてんかん患者の診断や、せいぜい睡眠時の意識レベルの測定などに使われる程度で、最先端の脳神経科学からは、いわば見捨てられた存在だったという。
そしてこの古い手法がいま、テレビゲームによる脳の機能低下という問題で改めて注目を集めている。そして問題は、テレビゲームだけでなく携帯メールやインターネット、パソコンなどあらゆるデジタル文化に波及しようとしている。
たとえば森教授が調べた携帯メール利用者のケースには、テレビゲームはいっさいやっておらず、パソコンも所有していないが、携帯電話でメールを毎日1時間程度入力するという女子高校生がいる。この少女は、携帯メール利用時にβ波がほぼ半減しているという。
また森教授が共同開発している脳波測定装置の最新型では、右脳と左脳のβ波をそれぞれ調べられるようになった。この装置で携帯メールを利用している高校生を測ったところ、抽象的な思考を司る右脳の脳波低下が著しいことも判明したという。中には1日10時間も携帯でメールをやりとりしているというケースもあり、この高校生は右脳だけでなく、計算などデジタルな働きを持つ左脳の脳波も下がってしまっていたという。森教授は「これからさらに分析を進めていかなければならないが、ゲーム脳とほぼ同じような状態を示しているようだ」と話す。
それにしても、テレビゲームと携帯メールでは画面の派手さや色が違い、その操作の内容も異なる。どうして同じような結果になるのだろう? 森教授は、こう指摘する。
「携帯メールの場合、パソコンなどでメールを入力する場合と違い、短い簡略化された文章を入力するだけ。文章を作るというよりは、決められた手順で文字を入力するということが主眼となっている。その操作は、反射神経型のゲームの操作に近い」
森教授は今後、ウェブブラウジングやワープロ、表計算といったパソコン利用についても脳波測定を大規模に実施していく計画という。森教授の研究に対しては、欧米のメディアからの取材申し込みも殺到している。11月3日には米オークランドで開かれる米神経科学会でも発表する予定で、研究は世界的な注目を集めつつある。
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森昭雄・日本大教授。北海道生まれ。医学博士。専門は脳神経科学。日本健康行動科学会理事長 |
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『ゲーム脳の恐怖』。NHK出版・生活人新書。660円税別 |
(編集部 佐々木俊尚)
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