ASCII24 / インサイドストーリー
ネット人格の向こうに見えるものは “メールカウンセリング”が作る新しいネットのコミュニケーション
2002年12月17日
メールカウンセリング――それは、インターネットにおけるコミュニケーションの可能性をかいま見せてくれる。
今年10月、東京都内で開かれたメールカウンセラー養成講座(日本オンラインカウンセリング協会主催)。日本各地から集まった約10人の受講生を前に、カウンセラーの渋谷秀雄氏はこんな風に語った。「メールカウンセリングによって相談者と向かい合ったカウンセラーのカウンセリングは、ネット人格に届いているのか、それとも実生活の人格に届いているのか。それを見極めなければならない」。
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日本オンラインカウンセリング協会(JOCA)のウェブサイト。メールカウンセラー養成講座は2003年2月に第6回が開かれる |
たとえば次のようなメールから、どんな送り手を想像できるだろう? そしてあなたは、どんな返事を書けばよいのだろうか?
最近、過去のできごとを思い出して、無性につらい気持ちになることがよくあります。小さいころのできごとや、他人にされた嫌がらせのようなことまで、いろんなことを思い出します。いつまでもこんなことを思い出してくよくよしている自分は、まるで何だかとても弱い人間か、恨みがましく執念深い人間のようで、激しい自己嫌悪を感じます。いまは専業主婦で、昼間自宅にひとりいるときなど、ふと気づくといろいろ思い出してしまいます。こんなことの繰り返しから早く抜け出したいのです。
“メールカウンセリング”“オンラインカウンセリング”と呼ばれるインターネットを使ったカウンセリングの手法が、注目を集めている。ウェブサイトで相談を受け付け、電子メールを使ってカウンセラーと1対1で匿名で相談できるというものだ。一般的な対面でのカウンセリングと比較すると、相談者の側から見たそのアドバンテージは明快だ。まず第1に、海外在住者や入院患者、遠隔地に住む人など実際にカウンセリングルームに出向くのが困難な人でも簡単にカウンセリングを受けることができる。最近ますます深刻な社会問題化しているひきこもりの若者にとっても、オンラインカウンセリングは利用しやすいだろう。
第2に、匿名性が高い。対面でのカウンセリングは、相談する側にかなりの恥ずかしさがつきまとう。いくら相手がプロのカウンセラーといえども、人に言えない悩みを生身の人間に伝えるのはなかなか難しいものだ。メールであれば、料金の支払いの問題はあるにしろ、カウンセラー本人との間では匿名性を保持したまま相談をすることができる。また対面では、緊張のために思ったことが言えないケースも少なくないが、メールであればそうした問題は簡単にクリアできる。
しかし、コミュニケーションの問題に的を絞って考えると、越えなければならない高いハードルも少なからずある。最大の問題点は、メールでのカウンセリングでは“非言語的情報”が伝わらないことだ。
その前にまず、対面のカウンセリングでカウンセラーはどのようなことをするのかを説明してみたい。
カウンセラーは相談者と相対し、その表情や態度、顔つき、服装、しゃべり方などあらゆる情報を観察し、その人の生きてきたありさまや人間性を分析する。「この人は引っ込み思案な人なんだろうな」「この人はいつも他人に対して親切で思いやりが深く、でもそれが自分自身を苦しめているのかもしれない」。カウンセラーはそんなことを考える。なぜそんなことをしなければならないかといえば、相手が話す相談内容と、相手の本当の内なる悩みが一致しないこともあり得るからだ。たとえば相談者が「友達がいなくて寂しい。友達がほしい」と訴えていても、本当の願望は友達を作りたいことではなく、自分の生き方をがらりと変えてしまいたいということなのかもしれない。しかし相談している人は、自分自身でもその本当の願望に気づいていなかったりする。
そこでカウンセラーは、相手の生きてきた人生や性格、生活環境などを分析し、隠されている本当の悩みを相談者とともに考えていこうとする。それをカウンセリングの世界では“見立て”と呼んでいる。見立てることで相手の人生を理解し、相手のイメージをつかむことによって、初めて援助の方針を立てることができるようになるわけだ。
さて、メールカウンセリングはどうか。メールだから、もちろんこうしたボディランゲージはまったく伝わらない。相手の顔もしゃべり声のトーンもわからない状態で、いったいどうやって相手の“見立て”をするというのか。たとえば冒頭に挙げた相談のメールを思い出してほしい。このメールから、どんな相手を想像できるだろう? 女性は本人が書いているように、本当に執念深い性格なのか、それとも実はあっさりした性格なのか。くよくよと過去のことを思い出しては悩んでいるように見えるが、彼女が本当に求めているものは別のものではないのか。また文面には出てこないが、夫との関係はどうなのか。姑との関係や、友人関係は。
カウンセラーは相談者のそうした“ストーリー”を形作り、見立てをしなければいけないのだ。日本におけるメールカウンセリングの先駆者で、すでに4年の経験がある佐藤敏子さんは「カウンセリングには、フェルトセンスという言葉がある。メールでこのフェルトセンスをどう使うかがカギとなる」と話す。フェルトセンスは、直訳すれば“感じ取った感覚”。相手のメールを読んだときに、なぜかイライラしたり、いやな気分になったり、あるいはわけもなく親近感を感じたり……そんな気持ちを感じたことはないだろうか? フェルトセンスは、心の中にわき起こってくるそうした感情のようなものといえる。佐藤さんは話す。
「文章の中身以上に、そうした感覚が書き手の人格を表していることがある。行と行の間に、書き手が本当に言いたかったことが隠されているのではないかと感じることがある。たとえば改行が少ない文章なら、いつもバタバタと走り回っているような性格じゃないかと想像してみたり、じっくりと書いた文章だと感じたら『いつも真剣にものを考えるタイプだと人から言われることはないですか?』と投げかけてみたりする。短い文章であっても、そこから伝わってくるものはある」
メンタルヘルスの世界には、フォーカシングという言葉がある。自分のからだに感じる違和感から、自分自身の心の中に潜んでいるものを浮かび上がらせ、心を癒していくという手法だ。たとえばある人に会ったとき、胸がつかえるような違和感を感じたとする。その違和感は具体的にはどういうものなのか、そのイメージをふくらませていき、そして最終的には違和感がどこからやってきたのかを突き止め、問題解決の糸口にする。そのフォーカシングを、メール上でやってしまおうというのがメールカウンセリングであるともいえるかもしれない。佐藤さんは言う。「パーティーで会った人からもらった名刺だって、後から見ると記憶にある人とない人がいるでしょう? たった1枚の名刺からでも何らかのフェルトセンスというのは存在する。だったら数行のメールにもフェルトセンスはあるはず」。
そしてメールカウンセリングでのコミュニケーションには、忘れてはならないもうひとつのハードルがある。
それが記事の冒頭に挙げた“ネット人格”の問題だ。温厚な男性が、ネット上では攻撃的な性格をむき出しにする。無口で控えめな女性が、ネット上では過剰なまでに露出し、自分を語り続ける。あるいは実生活では辛辣な皮肉屋が、ネット上では世話好きな人格者になっている――そうしたネット人格の不思議さは、ネットのコミュニティに関わったことのある人なら誰でも経験しているだろう。その人の本当の性格は、実生活にあるものなのか、それともネット上にあるものなのか?
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オンラインカウンセリングを行なっているピースマインドのウェブサイト(http://www.peacemind.com/)。こうしたメールカウンセリングのサイトは最近増えている |
たとえばメールカウンセラー養成講座では、講師を務めたカウンセラーから、さまざまな事例が紹介された。自分は解離性人格障害(多重人格)だとメールで打ち明けてきたパニック障害の女性のケース。この女性は、カウンセラーへのメールでは冷静な口調だったが、自ら開設したウェブサイトではひどく攻撃的な発言を繰り返していた。果たしてこれは解離性人格障害のなせる技だったのか、それとも別の動機が働いていたのか? あるいは、カウンセラーへのメールの中で、ありもしない嘘を語り続けた相談者のケース。どう読んでも、その嘘には悪意がないように見え、本人さえも信じ込んでいるとしか思えないような場合、カウンセラーは相談者のいったい何を信じればよいのか。カウンセラーはディスコミュニケーションに陥りがちなコミュニケーションの谷間の中で揺れ、悩み、相手の本当の部分を引き出そうと苦闘する。
しかしネット人格は、決してリアルの人格とは別ものではないはずだ。それはひとりの個人の人格に、別の場所から光をあててみただけの現象なのかもしれない。もしそうであれば、ネット人格からはリアルの人格が透けて見えるし、リアルの人格からもネット人格の片鱗は浮かび上がってくるのではないか。佐藤敏子さんは言う。「ネット人格とメールのやりとりでカウンセリングしているとき、それはイコール、そのネット人格の裏にある人格とも会話しているということ。あまりにもキレイにまとまったネット人格とのやりとりは、なんだか不自然で、おまけにある位置から先に入り込めないような抵抗感が存在する。『この不自然さは何?』『この抵抗感って何?』とカウンセラーの側が自問自答し、さまざまなやりとりを繰り返すうちに相談者の本当の人格はじわじわと浮かび上がってくる」
ほかにも問題はある。文章だけで成立していることにより、やりとりから感情が抜け落ちていってしまい、互いの知的処理に陥ってしまいがちな落とし穴。あるいは、リアルタイムの会話が存在しないため、独白――ひとり語りの世界に陥ってしまう可能性。相談内容がいつしか“物語”と化し、行き過ぎれば妄想の世界へと踏み込んでしまう。
そうしたハードルを乗り越えていくには、カウンセラーの側にたいへんなスキルが要求される。それはただひとりの相手に読ませるための文章力であり、ただひとりの相手の文章を相手の人格を考慮しながら読み込む読解力であり、そして何より、相手の悩みに応えることのできる共鳴する力だという。養成講座で、カウンセラーのひとりはこんな風に語った。
「いまはまだ、メールカウンセリングは対面のカウンセリングよりも一段低いものだと考えられている。しかしメールカウンセリングには文字ならではの独特の世界がある。文章というツールに整理されていることで、対面では得られない何ものかを得ることができると信じている」
(編集部 佐々木俊尚)
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