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【IT事件簿】ソフトバンクは何を狙っているのか?


2002年10月9日

うその情報を流して営業妨害をしたのは不正競争防止法違反にあたるなどとして、ADSLサービスのYahoo! BBを提供するソフトバンク(株)子会社のビー・ビー・テクノロジー(株)が、同じADSLサービスを提供するイー・アクセス(株)の小畑至弘取締役に対して、3億円の損害賠償を求めた訴訟の第1回口頭弁論が10月1日、東京地裁で開かれた。小畑取締役は「ソフトバンク側はYahoo! BBの事業をうまく進めるために提訴した」として全面的に争う姿勢を強調した。(各紙の報道から)

ソフトバンクのウェブサイト
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提訴はソフトバンクの焦り 「うその発言で営業妨害」

今回の訴訟は、通信会社がライバル通信会社の個人を訴えるという前代未聞のケース。ソフトバンクはなぜ提訴する必要があったのか。ソフトバンクの“焦り”がそこに見られる。訴状などによると、営業妨害としているのは小畑取締役の発言。小畑取締役はイー・アクセス取締役と同時に、日本の通信規格を策定する社団法人、情報通信技術委員会(TTC)の下部組織の委員長も務めている。小畑取締役は、通信規格を策定する立場でありながら昨年9月4日、TTCの記者説明会後にYahoo! BBが採用したADSLの方式“Annex A”について「日本では信号の減衰が激しく、利用者に十分な通信速度を提供できない」と発言。Yahoo! BBが利用しているAnnex Aのサービスに欠陥があるかのような指摘をして、競争を不正に妨害しようとした、という。

さらに訴状によると、小畑取締役はYahoo! BBが始めたAnnex Aを拡張した12MbpsのADSLサービス方式“Annex A.ex”について、うその情報を流してYahoo! BBの営業を妨害。今年7月12日には技術説明会として記者を集め、Annex A.exを根拠なく攻撃した、という。訴状では、小畑取締役の発言がうそであるとことは雑誌に掲載されたアンケート調査が明らかにしているとし、パソコン専門誌が行なった調査ではADSLについて「回線事業者別に比べても、速度の差はほとんどないといっていいくらいだ。ただ細かくみると、近距離で他社より速いのがYahoo! BBとアッカ」という結果が出た、と指摘している。

加えて、ソフトバンク系のニュースサイトには「宣伝されているほどに(Yahoo! BB以外のADSL事業者が採用している方式の)Annex.Cは性能が出ていない。イー・アクセスらがシミュレーターで出した数値が当てにならない。両者に大きな差はない」との記事を掲載。小畑取締役の発言を批判している。

訴状では、小畑取締役の発言はTTCの見解として理解され、多くのマスコミ報道も発言を追随する内容となったとし、記者の多くが、Annex Aが特別な仕様であるかのごとく間違えた印象を持ったため、などと指摘。小畑取締役は、イー・アクセスの取締役という立場を利用して、実験結果に過ぎないシミュレーションをイー・アクセスのサイトに掲載して、Yahoo! BBに関するうその情報を広めた、という。

イー・アクセス側は口頭弁論で反論 「提訴は改定作業停止が目的」

第1回口頭弁論では、ソフトバンク側のこれらの主張に対して小畑取締役側は「日本においてAnnex Aでは、ISDNからの干渉を受けて通信速度が低下する可能性が、Annex.Cと比較して高いことは真実」と述べたうえで、「提訴はTTCの標準化の改定作業で、Yahoo! BBの12Mbpsサービスが正常に提供できなくなると予想したソフトバンク側が、改定作業を停止させようとしたことが目的」と指摘した。

ADSLはISDNとの干渉が問題となるため、TTCは干渉を最小限にするため昨年から議論を続け、今年3月からは12Mbpsサービスについての標準化の作業を続けてきた。しかし、ソフトバンク側のAnnex A.exはTTCが進めてきた基準に適合していないことが判明。ソフトバンク側は、Yahoo! BBの12MbpsサービスがTTCの基準に適合しないことでサービスに制限が出て、株式市場がソフトバンクに対して厳しい評価を下すことを避けるために、提訴をして策定作業を遅らせようとした、などというのが小畑取締役側の主張だ。

口頭弁論で小畑取締役側は、ソフトバンク側が不正競争防止法違反として小畑取締役側を訴えたことに対して「不正競争行為が認められるためには、原告と被告との間に競争関係が存在することが必須。しかし、小畑取締役は個人として事業を行なっているものではなく、原告と競争関係にあるわけでない」と主張。ソフトバンク側が不法行為と主張する小畑取締役の記者会見での発言についても「小畑取締役がイー・アクセスの取締役として行った行為でさえない」として「ソフトバンク側と小畑取締役の間に不正競争行為は成立しない」と訴えた。

小畑取締役側は、第1回口頭弁論後の会見でも小畑取締役とソフトバンクは競争関係にないとして「訴権の乱用にあたる」と指摘。東京地裁に対してソフトバンク側の請求を棄却するよう求める考えを示した。TTCの標準化作業についても小畑取締役は「提訴により、標準化作業は停止に追い込まれた。TTC標準化会議のメンバーに対しても不当な圧力がかかっている。このことがBBテクノロジーが提訴した真の目的」と糾弾した。

ソフトバンクとイー・アクセスは今回の訴訟以前にも、ADSLの規格をめぐって対立してきた。イー・アクセスは今年7月12日、Yahoo! BBのAnnex A.exについて「他のADSLの信号に影響を及ぼす可能性がある」として総務省に苦情を申し出る意見書を提出。これに対してソフトバンクは7月16日に「Annex A.exはITU(国際電気通信連合)の規格に準拠している。他社のサービスへの影響は少ない」と反論する意見書を総務省に提出していた。

ソフトバンクの懸念はNTTの約款変更か

ソフトバンク、イー・アクセスのどちらが正しい主張をしているかの判断は、裁判で下されることになる。しかし、ソフトバンクによる小畑取締役個人を対象とする損害賠償請求訴訟というのはビジネスの手法として異例だといえる。ソフトバンクの今回の提訴の背景にはNTT東、西日本との関係がある、と指摘する声もある。NTT東、西日本はTTCが12MbpsのADSLサービスの基準を策定する予定の11月下旬にも約款を改定し、「TTCの基準に準拠するADSLのみ接続を認める」という内容を盛り込むとみられる。TTCの基準には法的な拘束力はなく、ソフトバンクはYahoo! BBがTTCの基準に適合していなくてもサービスは提供できる。しかし、NTT東、西日本の約款が変更されてしまうと、NTTの回線を一切利用できなくなり、ADSLサービスが提供できなくなる可能性が高い。ソフトバンクは、そのことを心配したようだ。

ソフトバンクは、なぜそこまでして12MbpsのADSLサービスを強行したいのか。もちろん他社に先駆けてサービスを提供すれば、ユーザーを多く集められる。しかし、標準化の作業を無視してのサービス強行は、強引な印象を与える。関係者の多くは今回の提訴に関して「ソフトバンクからは、どんな手段を講じてもADSLサービスを成功させなくてはならない、という切迫感を感じる」と言う。それほどソフトバンクは追い詰められている。

提訴の背景にあるのはソフトバンクのお家の事情

“IT財閥”として威光を誇ったソフトバンクだが、現在はかなり厳しい状況に置かれている。かつて20兆円を超えた時価総額は、3800億円程度に下落。国際的に有名な株式市場の日本版を開設して、子会社を次々に上場させるというビジネスモデルもナスダック・ジャパンの撤退で不可能になった。ソフトバンクには約400社の子会社、関連会社があるが、黒字になっているのはごくわずかだ。ソフトバンク自身も2002年3月期の連結決算は、887億円の最終赤字に陥った。さらに今後、2007年までにソフトバンクは1900億円にのぼる社債を償還しなければならない。

ソフトバンクの事業で唯一成功したのが、米ヤフーへの出資だった。日本でもヤフーは、ほかのポータルサイトを大きく上回るユーザー数を集め、ソフトバンクに大きな利益をもたらしている。だが、その米ヤフーについてもソフトバンクは8月29日に保有株の一部を322億円で売却。売却益は社債償還資金にあてた。優良子会社を切り売りして事業を続けているのが現在のソフトバンクの姿だ。株価の上昇に合わせて、業務を拡大し、さらに株価を上昇させるというソフトバンクの“時価総額経営”は完全に行き詰った格好だ。

唯一の活路がADSL事業 提訴でユーザーの信頼低下

苦境に陥ったソフトバンクにとって唯一期待できるのがADSL事業だった。ソフトバンクは昨年9月に低価格を武器にしたADSLサービス、Yahoo! BBを開始。開始当初はサポート体制の問題なども指摘されたが、価格を武器に順調に利用者を伸ばし、9月末に100万人に達したと発表。しかし、Yahoo! BBは低価格戦略を特徴とするため、利用者が150万人以上にならないと利益は出ないといわれている。ソフトバンクは12Mbpsのサービス開始で、利用者を一気に150万人にする考えだ。また利用者が増えても、他社が魅力的なサービスを開始すれば、利用者を奪われる危険がある。ソフトバンクにとってYahoo! BBはどうしても成功させなければならない事業なのだ。そのためYahoo! BBを攻撃する発言や、自社のサービスに合わない基準の策定は、訴訟を起こしてでも止めさせようと躍起になっている。

しかし、ADSLをめぐるソフトバンクの提訴はYahoo! BBへのユーザーの信頼低下につながる。訴訟が起こされ、将来どう決着するか判断できないようなサービスに加入するユーザーがいるだろうか。ADSLは従来のアナログ電話回線のままで高速な通信が利用できる点が評価され、急激に利用者が拡大した。今はライバル同士がお互いを蹴落とすときではなく、ADSLの市場全体を伸ばす時期。同業者間でトラブルがあると、サービスに広がりが見えてきた光ファイバー接続に、足元をすくわれる可能性すらある。

さらに、ソフトバンクの訴訟がヤフーの事業に悪影響を与えることを懸念する声もある。ソフトバンクとヤフーは、Yahoo! BBが始まるまでは一定の距離をとり、双方が独立した事業を行なってきた。しかしソフトバンクはYahoo! BB事業では、実際には孫社長が事業のほぼすべてを取り仕切りながらも、サービス名称にはヤフーというブランド名を使った。どんなインターネット初心者でも知っているヤフーの知名度を活用してサービスを展開しようという狙いだった。その戦略はある程度成功した。しかし、Yahoo! BBが利用者を集められず、サービスが壁にぶつかった時にはどうなるか。これまで地道に築いてきたヤフーのブランド価値は、大きく低下することになる可能性は否定できない。

(麻河紀人)




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