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【短期連載】802.11nのいま Vol.4――ここが問題だよ、802.11n


2006年8月9日

IEEEで話し合われている4つの議題

最速で2007年9月の標準化が予定されている、次世代無線LAN規格“IEEE 802.11n”。過去3回の記事では、802.11nの概要ドラフト1.0対応機器の性能テスト、標準化の方法と現状を解説してきた。

第4回となる今回は、第3回でも取り上げた米エアゴー・ネットワークス(Airgo Networks)社 ビジネスデベロップメント担当シニアディレクターのロルフ・デ・ヴェット(Rolf De Vegt)氏のインタビューを元に、現状の802.11nの問題点を指摘していく。

ロルフ氏
米エアゴー・ネットワークス社のロルフ・デ・ヴェット氏

第3回でもロルフ氏は「3つの例外的なことが起こった」と802.11nのドラフト1.0を作る際に起こった“事件”を指摘していた。こうした例外をふまえた上で、現在、IEEEの802.11nタスクグループで議論されているのは主に以下の4つだという。


40MHz通信時における相互接続性と共存性 40MHzでの通信時における相互接続性とチャンネル干渉について
グリーンフィールド・プリアンブル 802.11n製品同士で通信する際の同期信号の方式
パワーセーブ・マルチポール 省電力に関する取り決め
送信ビームフォーミング 電波送信時のアンテナ方向をコントロールする方法


40MHz通信時における相互接続性と共存

最初の“40MHz通信時における相互接続性と共存”は、20MHzの通信帯域を2つ束ねて40MHzで通信するという“チャンネルボンディング”(第1回参照)に関するもの。

問題となるのは、40MHzの通信モードには、近接チャンネル同士で衝突を回避するためのアルゴリズムが入っていないということ。40MHzで通信を始めると、最悪の場合ほかの無線LANアクセスポイントが利用しているチャンネルと干渉を起こして通信が落ちてしまう。

また、現在普及しているIEEE 802.11b/gの無線LAN機器は、2.4GHz帯を使い、20MHzの帯域でデータ通信している。2.4GHz帯では無線LAN機器同士の干渉を避けようとすると実質3チャンネル分しか確保できず、802.11nが通信で2チャンネルを占有すると、802.11b/gとの共存が難しくなってしまうことも問題だ。

ロルフ氏は、「現在2.4GHz帯のほうが問題視されているが、5GHz帯でも同じ問題がないわけではない。日本では現在、電波法の規制でチャンネルボンディングが使用できないため直接は関係ないが、アメリカなどのマーケットでは非常に問題になっている」と語る。今までIEEEで取り上げられなかったので、現在話し合っている最中という。



無線LANの通信帯域が重なる2.4GHz帯

話が少し複雑なので、無線LANの仕組みに詳しくない人向けに補足しておこう。第1回では802.11nの通信に使われる周波数帯域が、2.4GHz帯か5GHz帯と解説した。無線LANではこの各帯域をいくつかのチャンネルに区切って、電波の干渉を避けている。

日本の2.4GHz帯(2.4〜2.497GHz)では、2.412〜2.472GHzの範囲に5MHzごとにチャンネルを置いて、合計13チャンネル確保している(802.11bのみ2.484GHzを含めて14チャンネル)。

ここで「2.4GHz帯が13チャンネル」という点が、前述した「実質3チャンネルしか確保できない」という文章と矛盾しているように感じる人がいるかもしれない。2.4GHz帯の13チャンネルは、各チャンネルの間が5MHzしか開いておらず、802.11b/g/nの通信に必要な約20MHzを確保しようとすると、必ず前後のチャンネルに重なってしまう。

例えば、“チャンネル3”で通信している無線LANアクセスポイントは、1〜6チャンネルの範囲に電波が重なる。別のアクセスポイントを2つ導入して干渉を避けようと思ったら、“チャンネル7”か“チャンネル12”を使うしかない。

チャンネル配置例
2.4GHz帯における802.11gのチャンネル配置例。“1”“6”“11”といったように5チャンネルずつ離す必要がある

しかも2.4GHz帯は“ISMバンド”と呼ばれる免許なしで使える帯域なので、無線LAN以外にもBluetoothや医療機器、電子レンジといった製品も利用している。

もともと100MHzに満たないせまい帯域幅で、しかも電波が過密状態にある2.4GHz帯に802.11n製品を置き、40MHzの帯域を使って通信したらどうなるか――隣の家のアクセスポイントが見えるような無線LAN機器が集中した地域では、電波干渉が起こってデータ転送速度が落ちたり、最悪の場合は通信できなくなってしまうことも考えられる。

ちなみにロルフ氏が「5GHz帯より2.4GHz帯のほうが問題視されている」と発言したのは、5GHz帯はチャンネル間が20MHz空いているのに加え、チャンネルを複数設けられるからだ。例えば米国の5GHz帯は40MHzでも6チャンネル確保できる。とはいえ、5GHz帯にも802.11aが存在しており、これとの干渉が懸念されるだろう。



同期信号や省電力についても課題が

残りの3つについても以下に解説していこう。


グリーンフィールド・プリアンブル

ネットワークでファイルを送受信する際、データは“パケット”という単位に分けられて送られる。“プリアンブル(Preamble)”とは、このパケットの先頭に付けられる同期信号を指す。

一方、“グリーンフィールド”は、802.11nのフレームフォーマットのうちのひとつ(フレームはパケットとほぼ同義の語)。802.11nには、下記の3つのフレームフォーマットが用意されている。


レガシーモード 802.11a/b/gと同じ構造のフレーム
ミックスモード スループットは落ちるが、802.11a/b/g/nで通信できる下位互換のフレーム
グリーンフィールド 802.11n同士でのみ利用できる通信効率の高いフレーム

つまりグリーンフィールド・プリアンブルとは、802.11n機器同士の通信の確立に必要な信号ということになる。ロルフ氏は、グリーンフィールド・プリアンブルについて、「通信を始める際、どういう取り決めで通信を始めるかというルールについて、もう少し議論する必要がある」と語る。

ロルフ氏によれば、過去にIEEEで802.11bを標準化した際、プリアンブルについては、必須項目の“ロングプリアンブル”と、通信速度を速めたオプションの“ショートプリアンブル”を設けたという。しかし、ロングとショートは相互接続性がなく、例えばロングのみサポートするアクセスポイントにショートで接続しようとしても通信できなかった。

結局、この件はIEEEではなくて、Wi-Fiで「無線LAN機器がショートプリアンブルも理解できるようにしなければならない」と定めたことで通信互換性を持たせることができたが、ロルフ氏は「今回もきちんと話し合わなければまた同じことが起こってしまう」と指摘する。


パワーセーブ・マルチポール

パワーセーブ・マルチポール(Power Save Multi-Poll)は、アクセスポイントの消費電力を減らしたり、PDAなどバッテリーで動作するモバイル端末の駆動時間をのばすための仕組み。ロルフ氏は、「平たく言うと、アクセスポイント側がモバイル端末に対して“あなたはいつまでスリープしてていい”ということを最初に取り決める。その後の状況に応じて、スリープが解除されるタイミングなどを調節する仕組みを作る」と解説する。

さらにこの件についてロルフ氏は「比較的最近に提案されたものだけに、意見を集めてとりまとめるのが難しい。もう少し時間をかけて話し合わなければならない」と語った。


送信ビームフォーミング

送信ビームフォーミング(Transmit Beamforming)とは、送信時にアンテナ方向をコントロールして、電波を効率的に送るという技術のこと。ロルフ氏は「現状では5つ以上のオプションがある。あまりにオプションが多すぎては標準化の意味がない」と、規格を絞り込む必要があることを示唆した。


最も懸念すべきは相互接続性

これまで指摘してきた4つの項目はIEEEで議論されていることだが、このほかにも802.11nにはエアゴーなどの企業が懸念している運用面での問題がある。異なるメーカーの機器同士における相互接続性だ。

すでにこの連載内で何度か述べてきたことをおさらいしてみよう。現在、発売されている“ドラフトn対応”と呼ばれる802.11n製品は、5月にIEEEで採用に至らなかったドラフト1.0を元に作られたもの。ドラフト1.0には1万2000件という過去最高のコメントが寄せられ、今回まとめた4つの議題などが話し合われていることから、ドラフト2.0ではその仕様が少なからず変わるものと予測される。

また無線LANには、機器同士の相互接続性を保証するための業界団体“Wi-Fiアライアンス”が存在するが、ドラフトn対応の802.11n製品に関しては、まだ認証プログラムが始まっていない。つまり第三者的視点で互換性が保証されている訳ではないのだ。

ロルフ氏は、「802.11nのドラフト2.0が順調に通り、Wi-Fiの認証プログラムが2007年3月に始まって、エアゴーの802.11n対応無線チップが登場したとしても、現在市場に出ている他社製チップを採用した製品と接続互換性があるかどうかはわからない」と語る。

この件に関しては、実は5月31日にひとつ進展があった。ともにドラフトn対応チップを手掛ける、米アセロス・コミュニケーションズ社と米ブロードコム社が両者のチップ間で相互接続性が確認できたと発表している(アセロスの発表文ブロードコムの発表文)。プレスリリースによれば、アセロスの“XSPAN”チップとブロードコムの“ Intensi-fi”チップを用い、100Mbps以上の速度で通信できたという。

XSPAN
アセロスの”XSPAN”ロゴ
Intensi-fi
ブロードコムの“ Intensi-fi”ロゴ

ドラフト1.0チップは標準規格にアップデートできる?

少しパソコンに詳しい人なら、周辺機器のチップをアップデートで最新版のファームウェアに更新でできることを知っているだろう。ドラフト1.0の802.11nに関しても同じ手法で標準規格に対応可能なようにも思えるが、確実にそうとは言えないようだ。

ロルフ氏は、「ドラフトの仕様がある程度固まってくると、ハードウェアを変えずに、ファームウェアやソフトウェアの変更で正式な802.11n準拠の機器と通信できるようになるチップを出せるようになる」と前置きし、「しかし、仮にドラフト2.0がIEEEを通ったあとに、ドラフト1.0のチップのファームウェアを2.0にアップグレードするのは難しい。チップ自体を変えるしかない」と時期尚早ということを強調した。

この点についても企業間で見解が分かれるようで、2月に開かれたアセロスの記者発表会では、米国本社の社長兼代表経営責任者のクレイグ・バラット(Dr. Craig H. Barratt)氏が「11nのドラフト仕様が正式仕様になる際にも互換性を確保できる」「仮に正式版に修正が加わったとしても、開発には柔軟性を持たせており、ドライバーソフトやファームウェアなどの変更で対応可能である」という観測を示している。

クレイグ氏
米アセロス・コミュニケーションズ社のクレイグ・バラット氏

どの製品が“ドラフトn対応”といえるか?

さらにある無線LAN機器メーカーの担当者は、「標準規格に近いドラフトが決まり、そのドラフトに準拠した対応チップで製品を作ったときに、“ドラフトn対応”とうたっていいものか」と呼び方の問題も指摘する。

つまり、今のドラフト1.0に準拠した“ドラフトn対応”製品が、アップデートで後発のチップと相互接続性を確立できなかった場合、市場に出回っている同じ“ドラフトn対応”と書かれた製品同士でも通信できない恐れがあるということだ。DVDの規格が乱立したときのように、ユーザーや販売店に混乱をもたらしかねない。

いずれにせよ現時点ではっきりといえるのは、メーカー間ですら相互接続性に関して見解が分かれているということだ。現在手に入るドラフト1.0準拠の802.11n製品は、条件によっては一般的な802.11g製品より高速で通信できるという魅力もある。しかし、将来購入する802.11n対応パソコンなどと確実に通信できることを優先させるなら、もう少し先の動向を見極めてから購入を決断しても遅くはないだろう。



第5回は、日本国内の無線LANメーカーを取材して各社の見解をまとめた“メーカーが語る、日本でドラフト1.0製品が出揃わないワケ”を掲載予定。



(編集部 広田稔)




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