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【短期連載】識者・クリエイターの声を聞いて、著作権保護期間の延長を考えてみよう(前編)
2006年11月20日
「会合をきっかけに著作権のことをもう少し考えよう」
去る8日、ジャーナリスト、クリエイター、大学教授、弁護士など64名を発起人として“著作権保護期間延長問題を考える国民会議”が発足された。現状50年の著作権保護期間を70年に延長しようとする動きに対して、法改正の前により深い論議をしようと呼びかけていく。
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“著作権保護期間延長問題を考える国民会議”の発足にあたって開催された記者発表会 |
日本における著作物は、作者が創作した時点から死後50年まで保護される。保護期間内に他人がその著作物を複製、二次利用しようとすると、著作権者やその遺族らに許諾を取ったり、場合によっては利用料を支払う必要がある。保護期間が終わった著作物は、誰でも自由に利用/公開することが可能だ。
一方で、欧米ではこの著作物の保護期間が70年と日本より長い。この“国際水準”に合わせるなどの目的で、日本でも著作権の保護期間を50年から延長しようという動きが起こっている。ここ数年を振り返ってみると、2003年の著作権法改正によって、映像分野の保護期間のみ公表後50年から70年に延長された。
書籍や音楽などに関しても今年の9月22日に、日本文藝家協会や日本音楽著作権協会(JASRAC)など著作権関連の16団体からなる“著作権問題を考える創作者団体協議会”が、50年から70年に延長するように求める共同声明を発表し、文化庁に提出している。
こうした一連の動きに対して、ジャーナリストの津田大介(つだだいすけ)氏と弁護士の福井健策(ふくいけんさく)氏を世話人として発足したのが、著作権保護期間延長問題を考える国民会議だ。
国民会議の発起人は、必ずしも保護期間の延長に反対する人物だけでなく、中には条件付きで保護期間の延長に賛成する、現状では意見を保留したいといった人も含まれる。目的はあくまで“法改正の前により深い論議をしよう”と呼びかけることだ。
記者発表会では、64名の発足人のうち16名が出席して持論を述べ、こちらも文化庁に意見書を提出した。今回の記事では識者、クリエイターらの生の声をお伝えするために、3回にわたってその記者発表会をできるだけ忠実に再現した。
IT技術やインターネットの普及で、ひとつの大きなターニングポイントを迎えている日本の著作権。今、何が問題で、今後、どうあるべきなのか。3回で1万5000字超のかなり読み応えのある長文だが、ぜひ読破し、あなたの考える切っ掛けにしてほしい。
まずは、福井健策氏が語った国民会議の趣旨と、世話人の津田大介氏が説明した今後の活動について取り上げ、その後、出席者の意見と質疑応答を掲載する。
福井健策氏
(弁護士)
ご存知のように日本の著作権の保護期間は、著作権者の死後50年と定められています。これについて米国から日本も死後70年に延ばすようにと、毎年のように要求されるようになりました。また、国内の権利者団体からも延長してくれという声が上がっているのは皆さんご承知のとおりです。
しかし、このような著作権の保護期間の延長を危惧する人も少なくないのが現状ではないでしょうか。例えば、延長の理由として「保護期間を延ばせば創作者の意欲が高まるんだ」と言われることがありますが、すでに現行法でも50年確保されているわけです。
50年がさらに70年に延びたら死んでしまったクリエイターの意欲が高まるのか、あるいは死んでしまったクリエイターにお金は行かないわけだからクリエイターを支えていないのではないかという指摘があります。
むしろクリエイターの立場に立つと、古い作品から新しい作品を作り上げていくという万化不変の創造のサイクルが絶たれるのではないかと心配する声もあります。
つまるところは面白い作品というのものが増えることこそ、クリエイターにとっても社会にとっても大事であって、もしも面白い作品が増えなければ、それは社会の豊かさというものがなくなってしまい、結局誰のためにもならないんじゃないか──と指摘する人もいるでしょう。
古い作品の保存紹介、研究教育、福祉など、さまざまな活動がやりにくくなるわけであって、結局は死蔵作品が増えちゃうんじゃないかと危惧する声もあります。
一方、延長を求める側には、国際的な保護期間と“調和”しないと、知的財産立国が達成できないのではないかとおっしゃる人もいます。この声に対する反論として、今現在、ベルヌ条約(文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約)の加盟国のうち、死後70年に延ばしている国は3分の1程度で、延ばすと得する国が延ばしている状況です。
日本が今すぐ延ばしたときに、少なくとも今後10年、20年の間、むしろ経済的にはデメリットの方が高いんじゃないか、だとすれば延ばす理由は何なのか。また調和しないと流通が害されるという意見もありますけれども、果たして今現在でも期間は国際的に調和されていないわけです。本当に流通はそれほど害されているのかと指摘する声もあります。
このようにさまざまな意見が述べられ、私自身も含めてここにいらっしゃる発起人の方の中でも保護期間の延長に違和感を感じる人も少なくないというのが現状です。
もっとも発起人になった方の中には「これからゆっくり考えたい、まだ結論は出していないんだ」という方や、少数ながら「条件付きながら、保護延長でもまあ条件が満たされればいんじゃないか」という意見の方もいます。
この会合は延長の反対運動のために立ち上げたというよりは、会合をきっかけに著作権のことをもう少し考えようという共通の思いを持ってを発足しています。
今回の保護期間の延長というのは、過去数十年、著作権を巡るいろんな話題の中で最大の問題であり、のちになって考えてみればわれわれの文化や社会がここで大きな分岐点を迎えたねと言われるような、それくらいの注意を払ってもいいのではないか。
単にアメリカが要求しているとか、長いほうが楽だからいいだろうとか、そうした簡単な理由で延ばしてしまうのではなくて、もっと話そうよ、もっとこの問題を考えよう、このことをきっかけにして著作権と文化のつながりを見直してみよう──そのような考えから、この国民会議の立ち上げを企画し、津田さんと一緒に呼びかけたところ、64名もの方に短期間に賛同していただきました。
もちろんもっと話そう、考えようということを呼びかける以上は、十分な国民的議論を尽くさないままに保護期間を延長しようというならば反対します。国民みんなで話すのに値するだけの問題なので、今後は著作権の話をしなかった、考えなかった人たちに、きっかけを与えていきたいと考えております。
津田大介氏
(ITジャーナリスト)
国民会議の今後の活動ですが、まず広く国民的議論を起こす目的で12月11日午後5時半から東京の青山にある東京ウィメンズプラザ円形ホールでシンポジウムを行ないます。シンポジウムはこの問題に関する論点を整理する基調講演と、6名前後のパネリストによる公開討論を予定しています。
当然公開討論なんで、できればこの延長問題に対する賛成派、反対派、中立派の皆さんをお呼びして、多様な議論ができることを目指しているんですけれども、まだどなたに出ていただくかということに関しては決定していません。
シンポジウムは当日会場に来られない方のために、インターネットで生中継することを予定しています。まだ映像になるのか、音声のみになるのかは未定ですが、少なくとも生中継はやる方向で動いています。
また、“thinkcopyright.org”というドメインを取り、シンポジウムの申し込みを受け付けたり、この延長問題を考えるためのさまざまな情報発信を行なっていく予定です。シンポジウムのパネリストや基調講演についても告知を順次行ないます。
「私的な財産がある時期を経て公共のものになる」
別役実氏
(劇作家)
僕がここに参加したのは、僕自身、著作権の問題で苦労したことがあったからです。宮沢賢治の“銀河鉄道の夜”をかなり前から戯曲にしたいと思っていて、許可を求めていたのですが、なかなか同意を得られませんでした。
“銀河鉄道の夜”は劇作家の興味をかなり引く作品で、何人かの劇作家が戯曲にしたいと希望していても、特に宮沢賢治の作品の中でもガードが固くて許可されなったんです。結局、死後50年(1983年)で著作権が切れて、使えることになりました。
僕の場合、最初はアニメのシナリオでしたが、その後、関連した戯曲も何本か書きました。ほかの人のケースでも著作権が切れてから、銀河鉄道を使った作品を何本か出しています。
結局は著作権が切れたことがきっかけで、銀河鉄道がさまざまな形で戯曲化、シナリオ化されて、元の作品も活性化されたのではないか──というふうに考えるわけです。
僕は著作権というのは、私的な財産であったものがある時期を経て公共のものになるというふうな考え方が正しいんじゃないかと考えるています。公共の財産になる時期は、早ければ早いほどいいということを、“銀河鉄道の夜”で感じた次第です。
劇作家というのは、現代の観客を相手にする現代の作品であるということを重要視します。今、比喩的引用やパロディといったものに対する規制が厳しくなっていますが、さらに厳しくする措置というのは、劇作家にとってかなりの被害と考えています。
富田倫生氏
(電子図書館“青空文庫”呼びかけ人)
反対の立場から意見を述べます。著作権制度の大黒柱はまず権利を守ること。加えて、幅広い利用を促していくことも制度の大きな目的です。
新しく見えてきた著作物の利用の可能性は、インターネットの図書館“青空文庫”で見ることができます。電子テキストになっている青空文庫の本は、目で見て読むだけでなく、視覚障害を持った方が耳で楽しめるように音に変換したり、あるいは点字のデータに変換したり、文字を大きく拡大したりといったさまざまな可能性が開けています。
私達全員が今日の晴れた青空のように分かち合える可能性がある文化財のぬくもりを、保護期間の延長が阻んで、大きくそいで、雲をかけてしまうかもしれない。それは残念だ。この点をはっきり踏まえた上で、今回の問題を考えていきたい。皆さんも考えてほしい、そう思います。
竹熊健太郎氏
(文筆家、編集者)
私も著作権で過去に痛い目にあったこともあるし、疑問に思うことがありました。特に今回の70年延長問題について、どうしても分からないのは、誰が得をするのかということです。
著作権を守るとおっしゃっている団体の方々には「著作者の権利を代わって守っている」という共通した主張がありますが、でもそれが本当に著作権者の権利を守っているのかというのは、かねがね疑問に思っていました。
具体例を出すと長くなりますのでまたの機会にしますが、とにかく著作権がなぜ死後50年なのか。昔は日本も35年だったそうですが、時代の流れにそって日本でも外国でも延長されてきています。
期間が延長されることで本当に著作者が得しているのかは、僕にはちょっと分からないです。ただ確実にそういう本を出したり、映画をビデオにしたり、音楽を出すということで得されている方はいらっしゃる。
今はインターネットの時代です。70年問題も含めて、いろいろな権利団体が著作権保護を強化しようとしている一方で、インターネットの世界では、まったく違う論理が生まれてきているわけです。
著作権自体を無効化するというと語弊がありますが、著作物の自由な利用を図る動きがインターネットの世界では日常的に行なわれています。例えば、知られざる名作がネットで流行して、そのソフトが売れるといったことも今後起こると思います。
70年問題も一概に著作権者のデメリットになるとは言い切れない部分があって、こうした点も含めて著作権を本気で考えていきたいと考えています。
田中辰雄氏
(慶応義塾大学経済学部助教授)
経済学の立場からコメントします。すでにいくつか議論が出ていますが、著作権に関しては、創作の誘因を与えるためにはある程度保護しなくてはいけない、けれども利用の促進のためにはできるだけ緩いほうがいいというふたつの対立が続いているわけです。
延長賛成論の中には、保護期間を延ばせば創作者に利益が与えられるという見方もあります。しかし、一方で本当にそれが創作の誘因になるのか疑問であるという意見も出ていたり、むしろ利用を促進したほうが利用者側の利益になるという話も聞かれます。
この議論は2つの利益の比較ですから、実は計って比較できるんです。そんなことは計れないのではないかと思われるかもしれませんが、ある程度は学問的な方向で計れます。
いろいろな方法が考えられます。例えば、過去に著作権が延長された際、延長の前と後で著作物が増えていたら効果があったということでしょう。あるいは現時点で50年から70年に権利が延びることで、映画会社が投資を増やす用意があるかどうかを調査してみる。
消費者の利益も限定的ですが調べられるでしょう。映画の例で言えば、著作権切れタイトルのDVDが500円程度で出回っています。あれは明らかに消費者にとって目に見える利益でしょう。そうしたかたちで、ある程度は計ることができます。どちらのほうが利益が大きいか調べてみればいいわけです。
そうした調査はとっくに実施されているように思われるかもしれませんが、私の知る限りまじめにやられた例はあまりないはずです。それよりは政治的プロセスの中で、あまり議論のないままに決められていたというのが実態です。
今回のような機会に、時間とお金をかけて実際に調べてみるといいでしょう。第三者的な機関を使ったりして、国民が見えるように材料を出し、「なるほどこちらのほうがいい」「こちらのほうがいい」と納得できるかたちで記録を作るのが重要だと思います。
(中編、後編に続く)
(編集部 広田稔)
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