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【短期連載】識者・クリエイターの声を聞いて、著作権保護期間の延長を考えてみよう(中編)
2006年11月21日
「オリジナリティーって何だろう」
去る8日、ジャーナリスト、クリエイター、大学教授、弁護士など64名を発起人として“著作権保護期間延長問題を考える国民会議”が発足した。現状50年の著作権保護期間を70年に延長しようとする動きに対して、法改正の前により深い論議をしようと呼びかけていく。
この会議の発起人となる福井健策氏、津田大介氏などの意見を掲載した前編をふまえて、中編では引き続き識者・クリエイターのコメントをお届けしよう。
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“著作権保護期間延長問題を考える国民会議”発足の記者発表会 |
中村ケンゴ氏
美術作家
福井弁護士から著作権に関するレクチャーを受けていく中で、いろいろ考えることがありました。
僕は作る側の人間なので、ちょっとナイーブな話かもしれませんが、どんなミュージシャンでも、漫画家でも、僕みたいな美術作家でも、すごく好きな作品に出会ってしまうと、自分自身がそれ自身になりたいとすら思ってしまうことがあるんですね。
先日、出光美術館で“風神雷神図”の展覧会を見ました。最初、俵屋宗達が描いた絵を、80年か100年後くらいに尾形光琳が模作し、さらに江戸時代の後期に酒井抱一が模作した。もし著作権が延長されて、江戸時代に著作権の法律があったら、こうした作品も生まれてこなかったのでしょう。それは僕としては残念だと感じます。
先ほど話に出た銀河鉄道のアニメも、僕は好きです。もしそのときに著作権が70年に伸びていて見られなかったとしたら、とても残念だと思うんですよね。
「オリジナリティーって何だろう」という、すごくナイーブなことを作家としては考えてしまうんです。でもそういったクリエーションに対するリスペクトの問題以外に、法律の問題もあって、著作権は法律に書かれて初めて世に現われてくる。それは僕自身を守ってくれるものでもあれば、拘束するものでもある。
せっかく福井弁護士に話を聞いて、僕自身も考える機会をもらいましたので、皆さんにも考えていただけるようになればと思っています。
福冨忠和氏
(ジャーナリスト・デジタルハリウッド大学教授)
私はこのメンバーの中では、比較的アンチ延長派でないほうだと思います。著作権延長の議論は、50年が70年に延びたときに起こる利益/不利益の問題も重要なのですが、そもそも元の50年、前の35年にどういう根拠があるのかはっきりしていないわけです。
今は「著者の死後70年」という語られ方で、個人の創作者の権利が利益の根拠になっています。しかし、映画『ローマの休日』では個人ではなく法人が著作権を持っていて、製作後70年で権利が消滅するというものになります。
これはこれで不整合があって、例えばオードリー・ヘプバーンやグレゴリー・ベックがまだ生きていたら、肖像権はあるのに著作権が消滅してしまうということが起こるのです。
今のメディアの世界では、映画やアニメがゲームになり、ゲームが漫画やキャラクター商品になるといったように、さまざまな領域でソースを使い回しています。その中で肖像権、特許権、商標化権、二次利用権などの整合性はどうなるのか。
それから70年という期間の理由は、多分人間の寿命と関係していると推測していますが、これが100歳まで生きるようになったら100年まで延ばすという話なのか。自ずと上限というのがあるでしょう。
いろいろ問題があって、かなり複雑な議論になるでしょう。先ほど話した映画の法人著作権の問題は、映画監督の有志が「監督に著作権を帰属するべきだ」という意見を出している最中です。こうした状況の今を機転に根本的に考えなおして、国民的なコンセンサスを作るべきだというのが私の立場です。
小寺信良氏
(文筆家、AV機器ジャーナリスト)
私はこれまで書いたコラムにおいて、著作権全般を取り上げてきました。例えば、デジタル放送のコピーワンスや録画保証金の問題など、著作権って何だろうという話を一所懸命考えてきています。
著作権というのは、著作者人格権と著作者財産権の2つに大別されます。しかし、昨今起こっている著作権改正の動きというのは、ほとんど財産権の方ばかりです。
また、著作権は譲渡できないと考えている人もいるかもしれませんが、譲渡できないのは人格権だけで、財産権というのは譲渡できるというか、契約によって取られてしまうケースがあります。実は著作者なのに、お金を得る権利がないままという状況が現実に起こっているわけです。
そんな中で財産権だけ延長していても、作家の立場からすると何の利益もない。というかまったく関係ない。そういった状況だからこそ、「著作権って何だろう」とか、「われわれがものを作るときのモチベーションって何だろう」といった話をもう一度整理して考え直すいいチャンスになるのではと思っています。
「結果はどうあれ、議論を尽くすべき」
くまがいマキさん
(劇作家、映画配給会社代表)
私は著作者と流通の両方の立場にいます。かなり前の話ですが、実は映画の著作権が20年間延長されたことを法改正の後で知って、とてもショックを受けました。私の周りの映画関係者もそうした状況を知らず、しかもあまり議論されていなかったようで、慌ててこの問題を調べ始めました。
聞くところによれば、欧州で著作権延長の話が出たときもきちんと議論されていて、その後、米国が欧州と同じように延長するという際もかなり話し合っているんです。
米国が偉いなと思ったのは、欧州の文化に対する尊敬もありつつ、やはりライバル意識もあって、いろいろなジャンルの方が著作権の問題を議論されていたということです。
やはり議論がされていけば、いろいろな問題が浮かび上がってくるし、後々、日本全体の財産にもなっていくでしょう。結果はどうあれ、議論を尽くすべきだと思って参加しています。
藤田康幸氏
(弁護士)
保護期間を延長するかどうかの問題において、私が重要視するのは「どちらのほうが文化の発展をより促進するのか」ということです。その観点で言えば、もし期間が延長されれば、本来は活用されるチャンスのあった著作物が、結局は使われないまま終わってしまう可能性があることを非常に危惧しております。
先ほども話に出た著作者人格権と著作者財産権のうち、財産権はさらに複製権や上映権といった権利の束になっています。それらの権利は、要するに「何々するな」という禁止権として成立しているわけです。
本来、財産的利害の調整にはもっと多様な方法がありうるはずです。一部は取り入れられていますが、使用したあとでその利益を配分するというかたちも考えられるでしょう。
基本的に禁止権として構成されてしまうと、本来はもっと活用の余地があっても、許諾を得ずに使うと違法になってしまいます。つまり現在の仕組みが、非常に使われにくい結果を招いているということです。
そうした状況の中で保護期間を延長すると、本来もっと活用されるべき文化資産がますます使われなくなり、そして文化の発展が阻害されるのではないかと考えております。
山形浩生氏
(評論家)
今回の問題に関して、僕は明らかに延長に反対する立場にいます。現在の死後50年という保護期間を自分に置き換えて考えてみましょう。例えば僕がこのままずっと生きて2050年くらいにくたばるとすると、僕の書いたものの権利は2100年くらい、つまり今世紀の終わりまで続くわけです。
さて、それが2120年まで延びたとしても、「わぁすばらしい、安心して創作ができる!」とクリエイターが考えるだろうか。そんなわけがない。だいたいそのとき、権利ってのを誰が持っているんだ? 僕は独身で子供もいませんので、甥っ子の子供のあたりが権利を持つのでしょうか。そんなやつの権利の心配して、みんな創作しているのかという話です。
著作物を使う側に立った場合はどうでしょう。私は著作権の切れたいろいろな本を翻訳してフリーで出すという活動をやっていて、今ですと著作権フリーになったジョージ・オーウェルの『1984年』という小説を喜んで訳しています。
小説だけじゃないです。もうしばらくすると、ジョン・メイヤード・ケインズなんていう偉い経済学者の本とかが著作権が切れたため入ってきます。
中にはとんでもない翻訳で出版されていても、偉い先生がやってるから手を出せないなんて作品がたくさんあるわけで、「あと2年で著作権がフリーになるから、俺が訳すまで待ってろ」と考えていたりします。
ところが保護期間が70年に延長されてしまうと、それが翻訳できなくなる。僕の本棚には「これ訳そうかな」と思っている古い本が結構あるんですけど、それが今後20年間ホコリをかぶって、日の目を見ない状態になってしまう。
僕が書いたもの、皆さんが書いたものもそうですけれども、本当に20年、死んだ後の50年先まで価値があるのは、ほんのわずかなんです。残りのやつは、もう誰にも顧みられない。そしてなまじ変な権利がくっついてるがゆえに、使おうと思っても使えないという状態がやってきます。
僕の書いた変な文章を2070年位に誰かが見つけて、あっこれ面白いからパロディーを作ろうと思ったとき、山形のその作品の権利を持ってるヤツって誰?という話になるんです。「山形の甥っ子の孫がいるらしいけれども……」なんて話は分からないし、面倒くさいからそこまでして探すやつはいないんです。
使えない、使われずにもう顧みられないものがひたすら溜まっていく。そうした状態が20年間延々続く。誰にも使われず、また使いたくても使われようがない作品が死蔵されて20年間たまってホコリをかぶっていく。
これが果たして文化が栄えるという状態であろうかということをぜひ皆さんに考えていただきたい。そう思って発起人として名を連ねることにしました。
(後編に続く)
(編集部 広田稔)
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